師匠シリーズ
先生

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次の日の朝、朝ごはんを食べるとすぐに僕は家を出た。ヨッちゃんにやっぱり「どこ行くの」と聞かれたが、「どっか」とだけ応えて振り切った。今日はリュックサックはなし。保存食がいるような大冒険ではないと分かったからだ。
昨日と同じように鎮守の森に入り、薄暗い木のアーチを潜ったけれど今日はそんなに怖くなかった。誰もいない畦道を抜け、坂道を登ると学校が見えてくる。
その二階の窓辺に先生がいる。頬杖をついてぼうっと外を見ている。僕は手を振る。今度はすぐに気づいてくれた。「いらっしゃい」「いま行きます」そうして教室に入る。
今日もほかの子どもたちはこないみたいだ。手持ち無沙汰だった先生は嬉しそうに僕を迎えて、「昨日の続きからね」とチョークを握った。

シュリーマンがトロヤ遺跡を発掘した話から始まって、エーゲ海に栄えたミケーネ文明が滅びた後、鉄器文化の時代に入るとギリシアではたくさんのポリスという都市国家が生まれた、ということを学んだ。
その中からアテネやスパルタといった有力なポリスが現れて、東の大帝国アケメネス朝ペルシアの侵攻に対抗したのがペルシア戦争。ペルシアを撃退したあとに各ポリスが集まって結成したのがデロス同盟。

534 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/22(土) 00:11:51 ID:ZFtl5JP90
その盟主アテネと、別の同盟を作ったスパルタが戦ったのがペロポネソス戦争。衆愚政治に陥って弱体化したアテネやスパルタに代わって台頭してきたテーベ……
「テーベ」
先生のチョークがそこで止まる。教壇に立つ背中が硬くなったのが分かった。どうしたんだろうと思う僕の前で先生はハッと我に返るとすぐに黒板消しを手にとって、「テーベ」を「テーバイ」に書き直した。
何ごともなかったかのように先生は、その後テーバイはアテネと連合して北方からの侵略者マケドニアと戦ったけれど破れてしまい、時代はポリスを中心とした都市国家社会からマケドニアのアレクサンドロス大王による巨大な専制国家社会へと移って行った、と続けた。

その書き直しの意味はその時には分からなかった。ただ先生の背中がその一瞬、重く沈んだような気がしたのは確かだった。
ヘレニズム文化の説明まで終わって、ようやく先生は手を止めた。「疲れたね。ずっと同じ科目ばかりっていうのも飽きちゃうから、今度はこんなのをやってみない?」
そう言って渡されたのが算数の問題が書かれた紙。ゲッと思ったが、よく見ると案外簡単そう。「どこまで進んでるのか分からないから。少し難しいかも」そんなことはないですぜ。とばかりにスパッと解いてやると先生は「凄い凄い」と手を叩いて、
「じゃあ、これは」と次の紙を出してきた。
余裕余裕。え? さらに次もあるの? 今度は正直ちょっと難しいけど、なんとか分かる気がする。僕は鉛筆を握り締めた。

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