師匠シリーズ
先生

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「そろそろ宿題やんないとヤバイ。うちの学校ごっそり出るんだ」と言うと、「大変だな」と頷いてシゲちゃんはそれ以上無理に誘ってこなかった。このあたりにも親分としての器量が伺える。
ただ、朝から外に飛び出して行くシゲちゃんがいきなり帰ってくることはまずなかったけど、念のために「あ、でも気分転換に散歩くらいするかも」と予防線を張っておくことも怠らなかった。
僕はなんとなく鎮守の森を越えて行く夏休み学校のことを、ほかの人に知られたくなかった。特にシゲちゃんに知られてしまうと、先生と二人だけの時間をぶち壊しにされてしまいそうで。

先生もシゲちゃんのことを知ってたし、シゲちゃんが鎮守の森の先を「なんにもないよ」と嘘をついたことがずっと気になっていたのだった。
朝から遊びに行くシゲちゃんを見送ってからこっそりと家を抜け出すのだけれど、午後からはきっちりシゲちゃんたちと遊びまわったし、特に怪しまれることはなかったと思う。
問題は妹のヨッちゃんだ。毎朝「どこ行くの」と聞いてくる。そのたびに「散歩」とか適当なことを言って追い払うのけれど、家から抜け出すたびに尾行されていないか途中で何度も振り返らなくてはならなかった。

539 先生 前編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/22(土) 00:19:50 ID:ZFtl5JP90
世界史の講義はローマ帝国の興亡からイスラム世界の発展へと移り、先生の作る折り鶴もだんだんと増えて教室の窓に鈴なりになっていった。
休憩の時間には僕も習いながら鶴を折った。僕はコツを教えてもらってもヘタクソで、変な鶴ができた。全体的に歪んでいて、あんまり不格好で悔しいので、せめてもの格好付けに羽の先をくいっと立てるように折った。戦闘機みたいに。
先生はにこにこと笑いながらその鶴も飾ってくれた。
朝から雨がぽつぽつと降り始めていたのに、鎮守の森を抜けるとカラッと晴れていたことがあって、先生は僕のその話を聞いたあと「山だからね」と頷いてから
「でもあの森って不思議なことがよくあるのよ。私も子どものころに……」と怪談じみた話をしてくれたりした。

先生の白い服の短い袖から覗く腕は細くて頼りない。トカイもんの手だ。先生は僕の知っている先生と比べても若すぎて、まるで近所のお姉ちゃんみたいだった。
でもそんなお姉ちゃんの口からマルクス・アウレリウス・アントニヌスだとかハールーン・アッラシードなんて名前がパシパシと出てきて、それが変にカッコよかったのだった。

そして、その日がやってきた。

661 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 22:45:47 ID:4kHIdhSj0
その日は特に陽射しが強くてやたらに暑い日で、家で飼っていた犬も地べたにへばりついて長い舌をしんどそうに出し入れしていた。
それでも僕ら子どもには関係がない。夏休み学校から帰ってきて昼ご飯をかきこんでから午後にシゲちゃんたちと合流すると、裏山に作った秘密基地に連れて行かれた。そして木切れや布で出来た狭い空間に顔を寄せ合うと、シゲちゃんが神妙な顔で言う。
「こいつももう俺たちの仲間と認めていいんじゃないか」
僕のことだ。これで何度目だろう。こんなことをシゲちゃんが言い出した時は、決まって「秘密の場所」に連れて行かれる。
それは沢蟹がたくさんとれる場所だったり、野苺が群生している藪だったり、カブト虫がうじゃうじゃいる木だったりした。
みんながうんうんと頷くと、シゲちゃんは目を瞑って「今日の夜、カオニュウドウの洞窟へ連れて行こう」と言った。
それを聞いた瞬間、みんなビクッとして急にそわそわし始めた。そして「今晩は親戚がくるから」だとか「家のこと手伝えって言われてるから」なんていう言い訳を並べ立て始めた。
変にプライドが高いタロちゃんがその波に乗れない内にシゲちゃんがガシっとその首を腕に抱えて「おまえはくるよな」と言った。
「え、あ、う……うん」と明らかに狼狽しながらタロちゃんは頷き、しまったーという表情をした。
シゲちゃんは「へん、臆病もんは置いといて、三人で行こうぜ」と言って、僕を見る。たぶん怖いところなんだろうと思ったけれど、面白そうという思いが先に立った僕はピースサインなんか作って応えていた。後で後悔するとも知らずに。
その夜、晩御飯も食べ終わり、もう寝ようかというころに納屋から懐中電灯を持ち出したシゲちゃんが僕に目配せした後、子ども部屋の電気を消してからソロソロと忍び足で縁側を下りた。
庭の垣根のあいだから抜け出すのだ。こんな時間に遊びに行くといっても絶対に怒られる。

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