師匠シリーズ
先生

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学校の宿題は教えてあげない。普段は決められた時間に決められた科目を勉強してる子たちを、夏のあいだだけでもその子の好きな科目、興味がある科目を少しでも伸ばしてあげられたらなぁって」
指が机の木目を撫でる。
「でもみんな今日はお休みなのよ」そう言って顔が少し曇った。「風邪が流行っているみたい」
そして窓の外に目を移す。僕も釣られてそちらを向く。
「あなた、何年生? どこの子? 言葉が違うね」
「え、あ」
僕はちょっとどもってから、自分が六年生であること、そして遠くからきて親戚の家に滞在していることを説明した。それから家の名前を言う。けれど、言ってからその近所はみんな同じ苗字ばかりだったことを思い出して、「おっきなイブキの木が庭にある家です」と付け加えた。
するとその人は「ああ、シゲちゃんのところね」と頷くのだった。
僕はなんだかわからないけど悔しくなり、口を尖がらせた。そしてあの鎮守の森の先にはなにもないと言ったシゲちゃんの言葉は、やっぱりわざとついた嘘だったんだと思った。

529 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/22(土) 00:05:35 ID:YUHlb2rI0
なぜって、その人は目が大きくて、すらっとしていて、少し大人で、それから花柄の白いワンピースが似合う、ちょっと秘密にしたくなるような綺麗な人だったからだ。
「この教室が一番ちゃんとした形で残ってるから、いつもここで教えてるのよ。探検にきて迷ったんでしょ。勉強していきなさいよ。ね、誰もこなくて、私も退屈してたから」
そうしてその人は僕の先生になった。
教室に机は五つ。一つは先生が座る席。さっきみたいに窓際で頬杖をつくための席だ。そして残りが夏休み学校の生徒の数だった。

先生はわざわざほかの教室から僕のための机と椅子を運んできてくれた。五人目の生徒ね、と言って笑った後、この学校の最後の卒業生の席がそのまま残っているのかと思ったことを話す僕に、ゆっくりと首を振った。
「最後の卒業生は二人だった。一人は私。卒業するのは寂しくて悲しかったけど、中学生になることは嬉しかったし、それから学校がなくなってしまうことが悲しかったな。マイナス1プラス1マイナス1で、やっぱり悲しい方が大きかった気がする。もう十年以上経つのね」
先生が目を少し細めると瞳の中の光の加減が変わって、ちょっぴり大人っぽく見えた。
「さあ、なにを勉強しましょうか。なにが好き?」
僕は考えた。
「算数が嫌い」
先生は僕の冗談に笑いもしないで「うん、それから?」と言った。
「社会と国語と理科と家庭科と図工と音楽が嫌い」
僕が並べた一つ一つに頷いたあと、先生は「よし、じゃあぴったりのがあるわ」と黒板に向かった。
小さくてかわいい黒板だ。チョークを一つ摘んで、キュッと線を引く。
『世界四大文明』
そんな文字が並んだ。

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