師匠シリーズ
先生

この怖い話は約 4 分で読めます。

779 先生  後編 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 23:20:18 ID:4o0HgrnU0
すぐに足を引っ込め、大丈夫そうな場所を何度も体重をかけて確かめながら一段一段登っていった。
ボロボロの壁に手をついて、手のひらを真っ黒にしながらようやく二階に辿り着くと、僕は首をめぐらせる。六年生と書いてある白い板はどこにも見あたらない。ただ朽ち果てた木の床と壁が作り出す灰色の廊下が伸びていた。
僕はゆっくりと歩き、いつか先生が手を振って迎えてくれた教室へ足を踏み入れる。
その瞬間、クラクラと頭が揺れた。五つあり、先生がもう一つ運んできてくれたので全部で六つになったはずの机は、一つもなかった。ただ木の残骸が教室の隅に無造作に折り重ねられているだけだった。
教壇には大きな穴が開き、黒板があった場所には煤けた壁だけがある。
なんだろうこれは。なんだろう。いったいなんだろう。これは。
そうだ。ハリボテなのだ。本物の上に被せられたハリボテ。よく出来ている。これならみんな騙せる。じいちゃんだって、シゲちゃんだって。
僕だって。
そしてこれからそれは勝手にすり替わるのだ。
本物の教室には先生がいて、僕の知らない遠い国の物語を話して聞かせてくれるのだ。
……なにも起きなかった。
僕はずっと待っていた。それでもなにも起きなかった。
ふと、窓の方を見た。折り紙の鶴でいっぱいだった窓にはもうなにもぶらさがってはいない。足を引きずるようにそちらに近づく。
先生がいつも頬杖をついていた窓際に僕も立った。窓枠は腐ったように抉れていて、とても肘をつけそうにない。
僕は先生がいつもふいに遠くなったように感じたことを思い出す。そんな時先生はいつもぼんやりと窓の外を見ていた。思えば初めて会った時だってそうだ。
何度も先生を呼び、ようやく気づいてくれた時、ぱちんという感じに世界が弾けた。その瞬間に、僕と先生の世界がつながったのだ。
先生はいつも白い花柄の服を着ていた。清潔なイメージにそぐわない、同じ服だったような気がする。捨てられた校舎の中で、学校の先生の時間は止まったままだったのだろうか。

783 先生  後編 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 23:24:49 ID:4o0HgrnU0
いつか珍しく雨が降ったことがあったけれど、鎮守の森を抜けると晴れていたということがあった。
小雨だったから、ちょっと不思議に思ったくらいだったけど、たとえ嵐がやってきてもあの森の向こうは晴れたままだったのかも知れない。
ジワジワと蝉が鳴いている。どこか虚ろな声だった。別の世界の気配はどこにもない。もう僕には見えない。見えなくなってしまった。
僕は立ち尽くし、ぼうっと窓の外を見ていた。
先生が見ていたものを無意識に探していたのかも知れない。目の端に校庭の、広場の隅が入った。先生はいつもそこを見ていた。同じ場所を。あそこにはなにがある?
僕は振り向くと早足で教室を出た。ミシミシと廊下が軋んで嫌な音を立てたけれど、足は止まらなかった。階段を半分壊すように駆け下り、玄関を出て広場に向かった。廃材の山をスルスルと避けながら、その隅っこにひっそりと立つ木の根元に走り寄った。
かつて花壇があったのだろうか。黒い土が盛られている一角だった。その土の上に木の板が一本突き立っている。それがまるで墓標のように見えて胸がドキンとした。板にはなにか書いてあったが、雨で流れたのかもう読めなかった。
僕は木切れを拾ってきて、土を掘り始めた。
真上に昇った太陽が僕の影を地面に焼き付ける。ポタポタと汗が落ちて、それがシュンシュンと土に吸われる。掘り返された土が周囲に盛られて行く中、木切れの先になにかが当たる感触があった。
膝をつき、両手で土を掘る。指の先に触れたものは、頭をよぎったような白い骨ではなかった。
ボロボロになった布袋が土を被って現れてきたのだ。
口のあたりをつまみ上げ、土を払おうとした途端にボソボソと布袋の底が抜けて黒く汚れた中身が地面に落ちた。
それは折り紙だった。折り紙の鶴だ。ぐしゃぐしゃになり、ぺったんこになり、土にまみれて色あせた鶴だった。
その時こみ上げてきたものに耐えられなかった。
誰もいない廃墟のような校庭に立っていた。

この怖い話にコメントする

「先生」と関連する話(師匠シリーズ)

先生