師匠シリーズ
先生

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思い立ったらすぐに身体が動いた。宿題のノートを畳んでから、支度をする。リュックサックを担いでいると、その気配を感じたのかシゲちゃんの妹のヨッちゃんが襖の隙間からじっとこっちを見ていた。
「どっか行くの」
瞬間、僕はこの子も連れて行ったらどうかなと考えた。でもすぐにそれを振り払う。冒険に女は連れて行けない。なにが待っているのか分からないのだから。
「郵便局に行くだけ」と言うと「ふうん」とつまらなそうにどこかへ行ってしまった。
ようし。邪魔者も追い払った。僕は意気揚々と家を出る。太陽の照りつける畦道を北へ北へと向かうと、こんもりとした山の緑がだんだんと近づいてくる。
昔、入山料を取っていたというころの名残である木箱が朽ち果てている所が入り口。峰を登らずに、山の麓に沿って道が通っている。ザクザクと土を踏みしめて前へ前へ進むと、だんだんと木の影で頭上が薄暗くなってくる。

念のために持ってきた方位磁針をリュックサックから取り出して右手に持ったまま休まずに足を動かす。
時どき山鳩の声が響いて、バサバサと葉っぱが揺れる音がする。それから蝉の声。それも怖くなるほどの大合唱だ。
チラリと見上げると葉の隙間からキラキラと光の筋が零れている。ずっと上を向いて音の洪水の中にいると、ここがどこなのか分からなくなってくる。

520 先生 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/21(金) 23:22:50 ID:YUHlb2rI0
なんだか危険な感じ。慌てて前を向いて歩き出す。
途中、山に登る横道がいくつかあったけれどなんとか迷わずに鎮守の森の神社までたどり着けた。
一応お参りしておくことにする。木に囲まれた参道を進み、小さな鳥居をくぐる。古ぼけた建物がひっそりと佇んでいるその前に立ち、お賽銭箱にチリンと百円玉を投げ込む。やっぱり良い音だ。神社の中には人の気配はない。誰か通ってきて手入れをしたりしているのだろうか。
くるりと回れ右をして元きた参道をたどる。途中で小さな池があるのに気づいて横道に逸れた。鳥居の横あたりだ。水面ではアメンボがすいすいと泳いでいるけれど、水の中は濁っていてよく見えない。

雨が降らないあいだはきっと干上がるんだろうなと思いながら顔を上げ、参道に戻る。
サクサクという土の音を聞きながら歩いていると、なにか大事なものを忘れた気がして振り向いた。そこには鳥居があるだけだったけれど、そう言えば帰りに鳥居をくぐってないなと思い出す。
まあいいやと思って先へ行くと、だんだんと変な、ぐるぐるした感じが頭の隅にわいてきて、それがどんどん大きくなってきた。
なんだろう。気分が悪い。景色が妙に色あせて見える。

僕はキョロキョロとあたりを見回したい気持ちを抑えて光と影が交互にやってくる参道を早足で抜けた。
どうしよう。戻ろうか。
そう考えたけれど、また逃げ帰るのはシャクに触る。どっかから勇気がわいてこないかと待っていると、お賽銭箱に百円玉を入れたチリンという音が耳に蘇ってきた。
ようし、百円だからな。前は十円。今日は百円だ。
そんな感じで無理やり勇気を引っ張り出して、帰り道の反対方向へ足を向けた。ザンザンと土を踏んで歩く。

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