師匠シリーズ
先生

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750 先生  後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 22:00:38 ID:4o0HgrnU0
そしたらみんな怖がって、いろいろ言い訳して逃げた。そして怖がりだと思われたくないタロちゃんがモタモタしているうちにシゲちゃんに捕まってしまったのだ。
ピン、ときた。僕の頭がなにかを閃いた。それがどこかへ行ってしまわないように必死で考えをまとめる。
あの夜、山奥の洞窟には僕とシゲちゃんとタロちゃんの三人しかいなかったはずだ。あんな場所に夜中、ほかの誰もくるはずがない。でも、だ。僕ら三人がその夜あそこにくることを知っていたやつらがいる。怖がって、「行かない」と言ったほかの連中だ。
そして顔入道のハリボテ。
わかった!
ハリボテの後ろ側に初めから隠れていたんだ。僕らが洞窟に入る前から! あんな所に誰かが待ち構えているなんて思ってもみなかった。だけど、あいつらならそれが出来る。僕らがくることを知っていたんだから。
「怒る前」のハリボテの後ろに隠れて僕とシゲちゃんをやり過ごし、その後に入ったタロちゃんがやってくる前にもう一つ用意していたハリボテと入れ替えて、「怒った後」にしたのだ。
ひょっとしたら、丸いハリボテの両面に顔を描いていて、くるりと裏返しただけなのかも知れない。
そして岩に描かれているはずの顔が怒ったことに驚いたタロちゃんが悲鳴を上げる。僕らが怪我をしたタロちゃんを担いで山を下りた後でハリボテごと撤収する……
くそう。
誰がやったんだ、こんなイタズラを。タカちゃんか、トシボウか、ユースケか、それともカッチンか。ひょっとしたら二人、ううん、あの秘密基地にいた全員かも知れない。
卑怯なやつらだ。ブッコロしてやる。シゲちゃんにもチクッて、二人で仕返ししてやる。
そんなことを僕が感情に任せて喋るのを先生はじっと聞いていたけれど、ふいにその顔色が変わった。
「ちょっと待ちなさい。今なんて言ったの」
いつもは穏やかな顔をしている先生の頬が緊張しているのが分かる。目が見開かれて、白目が大きくなる。眉毛が吊りあがる。その言葉は質問しているのではない。こちらの答えなんてどうでもいい。そんな爆発前の確認の儀式だ。

751 先生  後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 22:02:46 ID:4o0HgrnU0
「なんて言ったの」
その声はキリキリと軋むように尖っている。
「あ、いや、えと」
いきなりの思ってもいなかった展開に僕は足が震えてきた。これからどうなるか分かるのだ。うちの担任の先生と同じだ。
僕はこの時間が一番嫌だ。なにか悪いことをして怒鳴られるのはしょっちゅうだけど、怒鳴る前の「溜め」の時間。固まったように動けなくなる時間が僕には一番怖かった。
なんでだろう。「ブッコロしてやる」がまずかったのか。それとも自分でも気づかないようなヘマをしたのだろうか。
出会ってからあんまり経っていないのに、訳知り顔で「優しい先生」だなんて勝手に思って喜んでいたのが、バカみたいだ。一体なにが先生を怒らせたのだろう。
そんなことを、やがてくる溜め込んだ怒りの爆発をただ待つ身の僕は考え、その睨みつけてくる恐ろしい視線に耐え切れず、思わず目を瞑ってしまった。
「あなた自分がなにを言ったのか分かってるの」
押し殺したような声が、ぐっと近づいてくる。
あ、ひっぱたかれる。
そう思った瞬間だ。
僕の頬っぺたに柔らかいものが触れた。ぐにっと頬肉が左右に引っ張られる。
僕は驚いて目を開けた。その目の前に、ニコッと笑う先生の優しい顔があった。
「ごめんね。怒られると思った?」
こんなに近くで見るのは始めてだったけど、前髪を短く揃えたその顔はすんなりと伸びた長い首の上にかわいく乗っていて、僕よりずっと年上だと思っていたのに、その時はほんの少し年上の女の子のように見えた。
そのせいで胸がドキドキする。怒られると思った緊張も混ざっていたかも知れないけれど。
「あなたが勘違いをしていたから、分かりやすく教えてあげようと思っただけなの」
先生はよく分からないことを言いながら、スッと僕のそばを離れて教壇に戻って行った。

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