師匠シリーズ
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663 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 22:49:05 ID:4kHIdhSj0
どうせ怒られるなら、遊んだ後だ。前にも夜中にホタルを見に行って、夜明け前に帰ってきて布団に入ったのにしっかりバレていて、次の日二人しておじさんにゲンコツを喰らったこともあった。
大人に見つからないように懐中電灯はつけずに田んぼの中の道を歩く。田舎の夜はとても暗く、月も出てなかったのでなんども躓いてこけそうになりながら僕たちは山へ向かった。
途中、一本杉のところでタロちゃんと合流し、三人になった僕らは村の外れの小高い山へ分け入っていった。
ヤブ蚊をバチバチ叩きながら草を踏んづけて進むと、だんだんと心細くなってくる。シゲちゃんとタロちゃんの二人が持ってきた懐中電灯だけが頼りで、昼間きても足がすくみそうな、ほとんど獣道に近い山道を恐る恐る登っていく。
道みち教えてくれたカオニュウドウの話は不気味で、これからそこへ行くのかと思うとそのままUターンして帰りたくもなったけれど、そのカオニュドウなるものを見たいという好奇心がわずかに勝っていたのだろう。
「顔入道」はこの村に古くから語り継がれてきた伝承なのだそうだ。
昔、えらいお坊さんが山の中で木食(もくじき)をしたあとそのまま山中の洞窟で即身仏になったらしいのだけれど、「入ってきてはならぬ」と言われていたにも関わらず村の人が即身仏を拝もうとして中に入っていったところ、
途中で急に洞窟の天井が崩れてしまい、その先へ行けなくなってしまったのだそうだ。
その洞窟を塞いでいる崩れた岩がまんまるで、まるでふくふくとしていた生前のそのお坊さんの顔のようだというので、村の人が彼を偲んで岩に絵を描いた。お坊さんの顔の絵を。
ありがたい即身仏には会えないけれど、その岩に描かれた顔を拝みにたくさんの村人が洞窟にお参りしたそうだ。時が経ちやがてその習慣も絶えて、一部の物好きだけが時どき興味本位で見に行くだけになったころ、その岩に異変が起こった。
動かないはずの顔の絵が、ある時突然怒りの表情に変わっていたのだという。それを見た村の若者はなにか良くないことの起こる前触れではないかと村の仲間に告げたけれど、相手にされなかった。

664 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 22:52:56 ID:4kHIdhSj0
ところがその年、過酷な日照りが続いて村は飢饉に見舞われ、多くの村人が命を落としてしまった。
いつのまにか元の表情に戻っていた洞窟の顔は、それ以来また村人の畏敬の対象になった。そして顔入道と呼ばれて、年に数回お祭りとして顔の塗りなおしが行われては、村の吉兆を占なったのだそうだ。
「今でも?」
僕が訊ねるとシゲちゃんは首を振る。
「もうやってない。というか、みんな知らない」と言う。どうやらその時代も過ぎて、村に人が少なくなった今では顔入道のお祭りが廃れたどころかその洞窟自体ほとんど知られていないのだそうだ。だからこそ「仲間だけの秘密の場所」なのだろう。
じいちゃんばあちゃん連中でもあんまり知らないんじゃないかな、とシゲちゃんは言う。
けれどどこからかその顔入道の噂を聞きつけたシゲちゃんは、春ごろに実際に見に行ったのだそうだ。タロちゃんたち数人の仲間と。
「どうだった」
ゴクリと唾を飲んだ僕に、シゲちゃんとタロちゃんは顔を見合わせて「ホントに岩に顔が描いてた。けど怒ってなかった」と言った。
本当にあるんだ。僕はやっぱりそれが見てみたくなった。
「で、でもさ、今度はさ、怒ってたら、どうする」
タロちゃんが落ち着かない様子で、手に持った懐中電灯を揺らす。シゲちゃんは鼻で笑って、「そんなことあるもんか」と言った。
夜の闇になんの鳥だかわからない鳴き声が時どき響き、僕はそのたびに身体を硬くする。怯える気持ちを叱咤しながら、ガサガサと草を掻き分けてひたすら懐中電灯の光を追いかけた。
やがて山の中腹あたりで木々が開けた場所に出る。「あそこだ」とシゲちゃんが光を向けた。ゴツゴツした岩が転がっているあたりに、少し奥まった洞窟の入り口がひっそりと佇んでいた。
思わず踏み出す足に力が入る。すぐ前が2メートルくらいの崖になっているので、回り込んで近づく。
入り口の前に立った時、タロちゃんがおずおずと口を開いた。

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