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洒落怖

ミエザルモノ

大学時の先輩のお兄さんの話。
お兄さん(オレ)目線でカキコします。

「ミエザルモノ」

オレが高校生の頃の話。
自転車乗ってたら事故に合ってしまい脚を複雑骨折し、入院する事になった。
いろんな人が見舞いにきてくれた。
ある日、親父の古い友人(寺の住職/以下:住職)が来てくれたんだけど、
いろんな話してたら、いきなり

住「おい○○、気分悪くないか?」って、聞いてきた。
オ「いや、別に。脚は痛いけど。」
住「そうか。それならいい。大事にな。」って、その日は帰っていった。

けど、次の日から毎日住職が見舞いに来てくれるわけ。
特に何かあるようでも無く、普段のようにたわいもない話をして帰る、そんな感じ。
オレら兄弟は、住職に小さな頃から可愛がってもらっててとりわけもう一人の親父みたいな存在だし、
気にも留めてなかったんだけど、
さすがに6日目ともなると悪い気がしてきて、

オ「痛み引いてきたし、心配してくれるのは本当に有り難いけど、オレもう大丈夫だから。」
住「うん?そうか?けど、もう少し来させてくれ。」
オ「?なにそれ?仕事さぼりたいの?」
住「ま、そんな感じかな?」
オ「ハハハ、何だよそれ。けど、ホントに大丈夫だからね。」
それからも住職は見舞いに来続けてくれたんだが。

11日目に事は起こった。
まさかの発熱。
住職が病室に駆込んできたところで、意識がとんだ・・・。

846 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/11/20(木) 19:42:33.83 ID:4IHpsX9U0.net
4日間、ひどい発熱で昏睡状態だったらしい。
原因不明。
それでも5日目、嘘のように熱が下がり回復。
両親と弟も覚悟を決めてたらしい。
会話出来るようになって親父にその話を聞いた時は正直血の気が引いた。

こうだ。
住職は駆込んできた途端、看護師の制止を振り切って
オレの衣服を脱がし体中に札を貼っていったらしい。(もちろん大事なところにも)
そしてオレの目の前に20cm角程の蓋の開いた木箱を置いて、何やら不気味なお経を唱え始めたらしい。
看護師も医者も異様な光景を目の当たりにして、もはや制止どころじゃなくなってたらしい。
30分後、家族が駆けつけた時も続けてて、結局7時間もの間お経を唱えて、
最後に何やら大声で叫んだかと思うと木箱の蓋をし、お札を貼りまくり、
親父に
「しばらく、発熱は続くが○○はもう大丈夫だ。今日はもう帰って寝る。」
と、木箱を持って帰っていったそうだ。

847 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/11/20(木) 19:45:20.44 ID:EAgV6D9WO.net
しえん

848 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/11/20(木) 19:46:07.63 ID:4IHpsX9U0.net
翌日、まだ発熱で起きないオレと家族のもとに住職はげっそりとした顔でやってきた。
そして、親父に話した。
住「実はな、最初にお見舞いに来た時、○○に憑いてるのが見えたんだよ。」
父「は?」
住「いやいや、こういう職業してるもんで見えるんだよ。」
父「何が?」
住「世間では、おそらく『死神』と言われてる類いのものかな。病院にはよく居るよ。
  コレに憑かれると何日か後あるいは何ヶ月か後には死ぬ可能性がある。
  普段は見かけても、その人にお迎えが来たんだなあ~程度にしか感じないんだが今回は違う。
  人を差別してるわけじゃないけど、親友の、まだ高校生の息子だ。
  死ぬには早すぎる。ほっとけんだろ。
  この辺りは突っ込むなよ、住職の前に自分も人の子だ。
  だから、ヤツが動き出さないか毎日様子を見に来てた。
  けど、もう大丈夫。
  ○○からは離れてもらった。
  今は、持って帰った木箱の中に封印してある。
  未来永劫、うちの管理下に置いておく。
  信じられない話だろうが、もうしばらくすると○○の身体も元に戻るから安心してろ。」

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自己責任でお願いします

篠原

警告
この話は自己責任でお読み下さい。

この話を読んで何か起こったとしても、
一切責任はとれません。

もう一度警告しておきます。

これは自己責任でお願いします。

* この話を読む前に次のことをしてくれるとうれしいです。

1、 左足のすねを触ってください。

2、 触ったまま目を閉じて「篠原」という名前を頭のなかで呼んでください。

3、 同様のことを左の薬指と小指にも行ってください。

以上のことを行った方から下にお進みください。
なお、かなりの長文ですが区切らず、話を進めていこうと思います。

840 839 sage 2012/08/20(月) 00:23:50.86 ID:asvh4JmB0
今から(2010年3月現在)8年と10ヶ月前のことです。当時、高校3年生だった僕は富山の立山というところに住んでいました。桜もほとんどが散り、とても暖かい一日でした。
受験シーズンに入ろうとしていましたが、僕はただダラダラと過ごしていました。
高校を卒業した後、実家の弁当屋の手伝いをすることに決めていたからです。周りもそんな奴らばっかりでした。僕の学校はレベルが低く、ガラの悪いのが当たり前みたいな感じでした。僕自身も髪の色は茶色でした。

友達のIとHとは中学からの親友でした。
カツアゲみたいなことはしなかったけれどバイクに乗ったり(当時、無免許でした。)、タバコ吸ったりはしていました。

「明日、遊びにいかん?」といってきたのはHからでした。ちょっと遠くにいかんけ、と。富山には、遊べるほどの場所がほとんどありませんでした。あってもパチンコくらいです。「どこに行くが?」と聞くと、Hは「村。」と一言いいました。
「なん、実はそこで肝試しやろっかな・・・って思って。いや、女子とかも誘うし!」と付け加え、行こう、と言ってきました。
正直、楽しくなさそうだなと思っていましたが。女子もくるなら・・・ということでそれに応じました。Iはかなり乗り気でした。「俺、写るんですもって来る!」みたいなことを言ってたような気がします。
「じゃあ俺、女子誘うわ。」といってHが右足の義足を引きずりながら。女子のところに歩いていきました。

Hの右足はひざから下がありません。本人は「バイクで事故った。」と言ってました。

841 839 sage 2012/08/20(月) 00:24:54.38 ID:asvh4JmB0
結局、集まったのはIとHと僕、女子が3人の計6人。電車を乗り継ぎ、2時間くらいかかりました。「マジで合コンみたい。」「やっば楽しくなってきたんやけど。」といっていました。
Hがいうには普通の村だけどそこで幽霊がでるらしいのです。
といっても怖さは全然ありませんでした。ただのお楽しみ会のようでした。
村ではほとんどが田んぼですが、ポツリポツリと明かりがついてました。まさに「田舎」という感じです。いく当ても無くただ歩いていました。遠くから人が話している声も聞こえてきました。

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無差別攻撃

オレが小学生のころに聞いた、先生の体験談を書きます。

地元では有名な事件。
1945年の7月某日、傷病兵や動員された学徒など1000人以上で
満員だった列車が、米軍艦載機の攻撃を受けた。
いまネットで調べると、艦載機40機による、30分にわたるすさまじい無差別攻撃だったようだ。
赤十字のついた、傷病者の車両も攻撃されたようだ。

話してくれたのは、家庭科の老先生だった。当時、小学校に上がる前だったそうだ。

なんでも、走行中の列車に、突然上空から戦闘機がたくさん飛来し、
機関銃(おそらく12.7mm機銃)で撃ちまくられたそうだ。
列車の中はパニックになって、列車が止まると他の乗客と同じく、
両親ともに車外へ逃げたそうだ。

そこへ、艦載機の攻撃が再び来たそうだ。
逃げまどう人々に、容赦なくあびせられる弾丸・・・。
機関銃の土煙が、きれいな間隔で地面に土煙を上げていたそうだ。

291 本当にあった怖い名無し sage 2012/07/28(土) 23:31:29.91 ID:VUqEw0lV0
ネットで見たことがあるが、12.7㎜の弾丸で撃たれると、
1発でも、人間の体は真っ二つに、ちぎれ飛んでしまう。
地獄だった。そう先生は言ってた。
わかる。そんな弾が雨のように降ってきたら、どうなることか・・・。

先生が生き残ったのは、奇跡的だったそうだ。
両親とはぐれた先生が、懸命にさがそうとして走ろうとしたとき、
だれかが足をつかんだそうだ。おそらく撃たれてのたうちまわった者が、
反射的につかんだのだろう。その拍子に先生は転んだ。そのとき、

どどどどどどどどどどどどどどどどど
そんな音を立てて、目の前に土煙が並んだそうだ。
そう、転んでいなかったら、ミンチになるところだったのだ。
だが、先生のご両親は、その銃撃の犠牲となったそうだ・・・。

夏になると、この話を思い出します。
オレが幽霊よりも生きた人間のほうが恐ろしいと感じるのは、
たぶんこの話がこびりついているからかもしれません・・・。

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逆さの樵面

836 1/12 sage 2005/12/11(日) 20:07:10 ID:CUnu3Rn40
私が生まれる前の話なので、直接見聞きしたことではなく、その点では私の想像で補ってしまう分もあることを先に申しておきます。

それから地名、人名等は仮名としました。
もったいぶった始め方ですが、この話の終わりには家の戸口に影が立つこともあるかも知れません・・・

私の生まれた村はつい先日合併によって閉村し、別の名前の町に生まれ変わりました。
しかし千羽神楽の名は残っています。

室町時代から脈々と続くこの夜神楽は、かつて村の4つの家によって継承されてきました。
稲には実りを、また山には厳しい寒さをもたらす神々を、歓待し楽しませるための舞を踊るのです。

村にある神社を1年間で順繰りに回り、氏子たちが見守る中で夜が更けるまで舞い続けます。
舞うのは4つの家の太夫と、かつては決まっていたようですが現在では1家を除いて家筋の消息が不明となり、若者不足も重なって舞太夫には誰でもなれるようになっています。

もともと4家に神楽を伝えたのは熊野より落着した日野家であると、資料にはあります。
当主であった日野草四郎篤矩がそのとき持参したといわれる神楽面が、のちに村の家々の戸口に影を立たせることになるのです。

837 2/12 sage 2005/12/11(日) 20:09:57 ID:CUnu3Rn40
千羽神楽では素面の舞もありますが、面をつけての舞がほとんどです。
神楽面は舞太夫が人から人外のものへと変わるための装置であり、衣装を合わせ面をつけた時、それは太夫ではなく鬼神や魔物そのものが舞っているものとして認識されます。

そのため、神社の中とはいえ人の領域の内に鬼神を招くための結界として、はじめに注連縄が張られるのです。
受け継がれてきた古い面には力があり、けして粗末な扱いをしてはならないとされています。

江戸中期に記された『千羽山譚』には、「特に翁の面は怪力を持ち他の面と同じ行李に入れていては、他の面を食い破る」という不気味なことが書かれており、現在も神楽面の中で唯一翁面だけが竹で編んだ小さな行李に単独で保管されています。
私の父はこの翁面の舞手でしたが、いつもこの面を着けるときだけは
手に汗が浮くと言っていました。

さて、室町時代より500年にも亘って続く千羽神楽ですが、その長い歴史の中で演目が亡失するということもあったようです。
千羽郷に赴任された役人の古河伝介が記したという『千羽山譚』や、その他の旧資料に現れる神楽の記述によると、もう舞われなくなっている4つの舞があることがわかります。

このいずれも、面も祭文も残っておらず、資料の挿絵によって衣装が辛うじてわかるくらいでした。
ことの発端は、この失われた舞が復活する次第よりはじまるのです。

838 3/12 sage 2005/12/11(日) 20:12:06 ID:CUnu3Rn40
大正11年の5月11日、神楽面が出て来たという通報が村役場にありました。
高橋家という旧家の土蔵より、幾ばくかの資料とともに2つの神楽面が発見されたというのです。
高橋家はかつて数代にわたって神楽の座長を務めたといわれており、何代か前にあとを襲う男児に恵まれなかった折に養子を招き、神楽からは離れていったようです。

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無念

721 1/5 sage New! 2006/10/30(月) 12:01:34 ID:jJphJYCV0
近所の家で自殺騒ぎがおきたのは、もう半年ほど前になる。

自殺したAさん(仮名)は初老になろうかという一人暮らしの美人な女性だった。
小さいながら粋で瀟洒な家に引きこもり、全く近所づきあいをしないので、最初は『陰のある女性』『美しい』『いつも上等な和服を着ている』以外、彼女の詳しいことは誰も知らなかった。
しかし、もう十年以上前だが、ある日突然、いかにもマダムといった感じの女性が数日連続して怒鳴り込んでくるという事件を起こした。

そのマダムによると、彼女は昔、祇園で芸者をしており、
当時なくなったばかりのマダムの夫をパトロンとしていたという。
家も家財も買ってもらい、さらに今回マダムの夫に相当の財産を分与されたらしい。
どうやらその遺産問題のごたごたで騒ぎを起こしたらしく、最後はマダムのほうが玄関先で包丁を振り回し、隣人が通報するという大騒ぎとなった。

それ以来、もともと疎遠だった近隣住民全てが彼女を避けるようになった。
京都という場所はなんだかんだと差別意識の強い地域であり、包丁を振り回すような事件に巻き込まれたくないというのもあり、また純粋に近所のおばさん連中の嫉妬もあったと思う。
でも相変わらずAさんは美しく、年をとっても枯れるというより艶やかになっていった。

722 2/5 sage New! 2006/10/30(月) 12:02:14 ID:jJphJYCV0
しかし一年ほど前から、様子が変わった。
いつも入念に手入れされ常に美しかった庭に雑草が生えたり、毎日の打ち水と盛り塩がされなくなったり、
今までみたこともなかったAさんの親戚(と名乗る人物)が
『Aさんの家はどこですか』と近所に聞いて回ったりするようになった。
そして、朝晩さっそうとスポーツクラブに通っていたAさんの姿を誰も見なくなった。

そして半年前、Aさんの親類という女子高生が泣きながら半狂乱で、たまたま庭を手入れしていたうちの母に助けを求めてきたのだ。

誰も知らなかったがAさんはがんで、見つかったときは末期だったそうだ。
女子高生はAさんの姪で、両親からAさんの様子を見てこいといわれたのだ。
Aさんは入院してからも『死ぬまで家を離れたくない、手放したくない』と言っていたのだが、子供のいないAさんの遺産を狙った親戚が、まだ生きているAさんの目の前で遺産争いを起こし、Aさんは逆上して親戚を全員追い出し、その晩病院を抜け出してしまった。
おそらく自宅に帰っただろうというわけで、『子供なら会うだろう、とりあえず様子を見て来い』
と彼女を家に向かわせたのだ。

しかし合鍵を使って家をあけた彼女が見たのは、自室で首を吊ったおばの姿だった。

『おばさんはかわいそう、うちの親もおじさんたちも着物とか宝石とか家とかそんなことしか興味ないみたい』
と彼女は言って、また泣いたという。
(俺は会ってない。美人だったらしい。痛恨。)

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おんえたさま

78 本当にあった怖い名無し sage 2007/08/27(月) 09:47:08 ID:+14uLJ/j0
オカルト板新参だけど、ちょっと話を聞いてくれ。
この前ちょっと婆ちゃんの田舎に帰ったんで、そんときの話をする。

俺の婆ちゃんちは九州のとある田舎にあるんだが、子供の頃は夏休みとかによくそこに泊まって、山ん中で遊んでた。
先月にその婆ちゃんが脳梗塞で死んだ。
白髪ながらも艶のあった綺麗な髪をしてた婆ちゃんがほとんど坊主みたいになって棺おけ入ってるのを見て思わず泣いた。
俺は両親が共働きで、婆ちゃんが育ての親みたいなもんだったから、すごく悲しかった。
んで、今年の夏を利用して、婆ちゃんが住んでた家(今は空き家)に俺は行くことにした。婆ちゃんの遺品でも見つかればいいな、ぐらいに思ってた。

婆ちゃんちが建ってる山の入り口っぽいところまで来たんだが、そんときに変なババアが、
おそらくババアの家であろうボロ屋(山の入り口の脇に建ってた)から飛び出してきて、「なんばしよる!!」みたいなことを叫んで正直びびった。
そのままダッシュですり抜けようと思ったが、「頭がおかしい可哀想な婆ちゃんかも分からん」と思い直して、
山の上に自分の亡き婆ちゃんの家があることを言った。そこに思い出の品があるかも、と。
そしたら婆ちゃんが俺の目をじっと見たあと、(片目が潰れた感じでキモくて見詰め合うのがキツかった)
家の中に引っ込んだかと思うと、しばらくして出てきた。片手に裁縫バサミ。(あのデカい奴。錆びてて年季モノでゴツかった)
流石にびびりまくった俺は逃げようかと思ったんだが、
そしたら婆ちゃんが「頭出し(出せ?)。髪ん毛切る」とか言い出して(余談だが俺はロンゲメッシュが自慢)
丁重にお断り申し上げて、チキンな俺は一目散に逃げた。

帰りの電車で、ふと、俺は不思議な経験を思い出した。

多分俺が小学校はいる前だと思う。だから記憶は少し曖昧だから、そこんとこよろしく。

例年通り夏に婆ちゃんちに帰省した俺は、山の中を走り回ったり川で遊んだりエンジョイしてた。
が、ある日、山の中を走ってたら野原っぽいとこに出た。
ここからの経緯は失念してるんだが、見知らぬお姉さんと遊んだ記憶がある。
白いワンピっていうのか?なんか清楚っぽい感じだった気がする。
とにかくそのお姉さんとままごと(男なのにねwww)とかせっせっせとかして遊んでもらった。
でも、よくよく思い返してみると、そのお姉さんが目をつぶってる映像しか記憶してないんだよな。
当時は特に気にしてなかったけど、盲目だったんじゃなかろうか?とにかく今思い出しても不思議だ。
でも、ガキだった俺は「優しい綺麗なお姉さんだなぁ」ぐらいにしか思ってなかった。
他に特に記憶してる部分もないんだが、「鬼ごっこを誘われたが断った」ことはやたら鮮明に覚えている。
まあ、ガキが大人に敵う訳ないから、当時の俺が拒否するのも分かる。だが、お姉さんが自分から言い出したのが