洒落怖
逆さの樵面

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そしてなんらかの理由で次の太夫にこれらの面と舞を伝えることもないまま、演目が亡失するという事態に至ったということでした。
さて、面は出て来たものの舞の復活には至りません。
祭文が出てこないのです。

しかし、失われた神楽舞の復活に賭ける気運が高まっていたため、千羽神楽を興した日野家のルーツである熊野へ人を遣り、近似の舞から演目を起こすというという計画が持ち上がっていました。
そんなとき、計画を主導していた当時の座長である森本弘明氏が不思議な夢を見たのです。

弘明氏は消防団の団長も勤めていた人物で、公正で篤実な人柄が認められていたといわれています。
その彼が神楽が催されたある夜に、舞い疲れて家に帰らず神社の社殿で一人眠っていたとき、真っ暗な夢が降りてきたと言うのです。

夢で深山の夜を思わせる暗闇の中にひとり佇んでいると、目の前に篝火がぽっと灯され、白いおもての奇妙な服を着た人物が暗闇の奥より静々と進んできました。
良く見ると白い顔は神楽面で、高橋家の土蔵より発見された山姫と呼ばれる面だったのです。
格衣に白い布を羽織り、山姫の面を着けた人物は篝火の前まで進み出ると、弘明氏に向かってこう言いました。

『これより、山姫の舞を授ける』
そして静かに舞いはじめたのです。

839 4/13 (になりました汗) sage 2005/12/11(日) 20:17:23 ID:CUnu3Rn40
弘明氏はこれはただの夢ではないと直感し、その舞の一挙手一投足を逃すまいと必死で見ていたそうです。
やがて山姫が舞い終わると、篝火が消え深い闇の帳が下りました。

しかしまだ夢が覚めないのです。
また篝火が灯りました。
こんどは赤く猛々しい鬼神ような面をつけた人物が現れました。
そしてこう言うのです。
『これより、火荒神の舞を授ける』
山姫の舞から一転して激しい舞がはじまりました。そしてその面はやはり土蔵から見つかった面だったのです。

舞が終わるとふたたび篝火が消え、また灯りました。
こんどは格衣に烏帽子姿の人物が闇の奥より現れました。
面を着けていない素面で、その目じりには深い皺が刻まれた初老の男でした。
『これより、萩の舞を授ける』
その声を聞いて明弘氏はすべての舞を演じたのがこの人だと悟ったのです。
明弘氏は、舞を見ながら涙を流したと言います。
どの舞も情熱的で、人が舞っているとは思えない神々しい舞でした。

社殿の畳の上で目覚めて、明弘氏はただちに今見た舞を踊りました。
試行錯誤を繰り返し、東の山に陽が射すころには3つの舞を完璧にこの世に蘇らせたといいます。

840 5/13 sage 2005/12/11(日) 20:20:30 ID:CUnu3Rn40
これが失われた3つの舞が千羽神楽に取り戻された事の次第で、未だに千羽に語り継がれる縁起なのです。
その夜、明弘氏の夢に現れた人物は高橋家の5代前の当主であった高橋重次郎氏ではないかと言われています。
高橋家の大刀自は当時100に近い歳であったといわれていますが、明弘氏が披露した舞を見たとき、幼いころに見た曽祖父の舞だと言って泣き崩れたと伝えられています。

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