師匠シリーズ
先生

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夜と昼間では山道の印象が違っていて、何度も迷いそうになりながらも僕はなんとか顔入道の洞窟にたどりついた。ぜえぜえと息が切れる。昨日の夜よりしんどいのは太陽の光が木の枝越しに凶暴に降り注いでいるからだろう。
樹木が開け、山肌が見える場所で僕は額をぬぐう。小さな崖になっている場所が見える。昨日タロちゃんが飛び出して落っこちた所だ。
タロちゃんがゴロゴロと転がって、身体ごとぶつかって止まった岩もその先にある。そのどっしりした岩の形を見ていると今さらながらゾッとする。
タロちゃんはそんなにまで怯えていったいなにから逃げたかったのだろう。
昼間でも暗い口を開けて、洞窟が僕の目の前にあった。覚悟を決めていてもドキドキしてくる。顔入道は怒っているかも知れない。それがどんな顔なのかあれこれ想像する。
今のうちに最悪の事態を想定しておけば、ビビって崖から落っこちたりはしないだろう。

680 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 23:27:57 ID:4kHIdhSj0
あらゆる怒りの表情を十分にイメージしてから、僕は深呼吸を五回した。五回した後で、もう三回して、それからもう後四回くらいしてから洞窟に足を踏み入れた。
太陽の光が届かないので中はひんやりしている。外の熱気が追いかけてくるけれど、それも何度か角を曲がると去って行ってしまった。リュックサックから懐中電灯を取り出す。シゲちゃんが昨日持ち出したやつが見あたらなかったので、押入で見つけたもう一回り小さいやつだ。
心細いような光の筋が目の前を照らすけれど、洞窟の中はぐねぐねと折れ曲がっているので見通しが悪く、いつ曲がり角の向こうになにか恐いものが飛び出してくるか分からない。首筋のあたりをぞわぞわさせながら僕は洞窟の奥へと進んでいく。
(岩でできた顔が怒り出すなんてあるわけない)
そんな考えが浮かぶたびに、(いや、この世ではなにが起こるか分からない)と気を引き締める。そう。なにが怒るか分からないのだ。
隠れたような枝道がないか慎重に探りながら僕は深く深く洞窟へ潜って行った。
そしてどこか見覚えがある曲がり角を回った時、目の前に白いものが飛び込んできた。
ビクゥッ、と背中が伸びる。
顔だ。顔入道。
昨日と同じように洞窟にみっしりとはまり込んでとおせんぼをしているその白い顔を見た瞬間、僕は恐怖というよりも吐き気を催した。
なんだこれは? あれほどイメージトレーニングを繰り返したにも関わらず、まったく想像していなかった不気味な姿がそこにあった。
足下から天井まで伸びる巨大な顔は、笑っていたのだ。
目を細め、口元の皺は縦に真っ直ぐではなく横にふっくらと広がっている。ほっぺたは丸々として口の端は優しげに上がっている。
これこそがこの洞窟の先で即身仏になっているというお坊さんの普段の顔だったのだろうか。けれどそのえびす顔がもたらす印象は、吐き気を催すような奇怪さだった。
僕とシゲちゃんは二人でここまできて「怒りをこらえる顔」に会った。そしてその後入れ替わりにタロちゃんは一人でここまできて、「怒った顔」に会ったという。そして次の日の昼、今僕は笑っている顔と向かい合っている。

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