師匠シリーズ
先生

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 【結核】 学名tuberculosis

 結核菌によって引き起こされる感染症。呼吸器官やリンパ組織、関節や皮膚など発祥する器官は多岐にわたる。
 なかでも代表的な肺結核は日本においては古来より労咳と呼ばれ、罹患者も多く死病として恐れられていた
 …… 中略 ……医師の使用する略称であるTB(学名から)が民間においても広まり、隠語的にテーベーと呼称されることも……

あの日の教室で、アテネをアテナイとしないのにテーベだけをテーバイと書き直した先生の、重く沈んだ背中が昨日のことのように瞼の裏に蘇る。
あの時の先生は、自分が幻であることを知っていたのだろうか。そして幻を見ている僕のことを、どう思っていたのだろう。
あれから何度か別の年に鎮守の森を抜けてあの廃校に足を向けたことがある。けれどただの一度も、先生には会えなかった。

786 先生  後編 ラスト ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 23:31:03 ID:4o0HgrnU0
また会いたいか、と言われれば、今では躊躇してしまう。先生に言われたとおりに目を開けていられたかどうか、不安なのだ。あのころの僕が思っていたよりもずっと、あまりに底知れない悪意がこの世には満ちているのだから。
中学三年生のころ、あの廃校が取り壊されたという話を聞いた。大規模な工事で、大きな道が抜けたらしい。あの捨てられた集落を飲み込んで。僕がその場に埋め直した折り鶴たちも掘り返され、そしてもっと深く埋められてしまっただろうか。
僕は、あのボロボロの折り鶴の中に埋もれるようにして一枚の紙が混ざっていたことを思い出す。
それはどこかで見た筆跡で、詩のようであり、誰かへ宛てた手紙のようであった。僕はそれだけを持ち帰って、やがてその紙で折り鶴を作った。
実家に帰った後、しばらく僕の部屋の窓際に吊されて揺れていたけれど、いつの間にかどこかへ行ってしまった。幼き日の記憶のつどう、リンボ界のどこかへ。

目当ての本を探し当て、貸出しの手続きをしてからそれを小脇に抱えて図書館を出ると、顔が切られるような冷たい風が吹き付けてきた。
真冬だった。
すっかり夏のような気がしていたのに。
僕は苦笑して、コートの襟を寄せた。

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