師匠シリーズ
先生

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752 先生  後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 22:06:06 ID:4o0HgrnU0
「あなたとシゲちゃんが最初に見た顔入道は岩に描かれたものではなかったけれど、あなたが思ったようなハリボテでもなかった。確かにハリボテが本物の顔入道の手前にあったなら、誰も隠れる場所なんてなかったはずの洞窟に、秘密の空間が出来ることになる。
そこに誰かが隠れていて、タロちゃんがやってくる前にハリボテを入れ替えれば、あっと言うまに顔入道が怒ったってことになるわよね。でも良く考えて。どうしてその誰かは後からタロちゃんがくるなんて知ってたの?」
ハッとした。
そうだ。タロちゃんは急に怖気づいて僕らが入った後に入るなんてことになったけど、それでも無理やりシゲちゃんが連れて行ってたら三人とも始めの「怒る前」の顔を見ていたことになる。
そうなれば、いくらなんでも僕らの目の前でハリボテの早がわりなんて芸当が出来るはずはないし、そのまま帰られたらせっかくのイタズラの仕掛けもパァだ。
口ぶりからすると、シゲちゃんもタロちゃんも、それからたぶんほかのみんなも一度は顔入道を見ているはずだから、なにも顔の早がわりなんてことをしなくても初めから怒った顔のハリボテを用意していれば、
最初に見た瞬間に「顔入道が怒った。うわあぁ」ってことになるはずなのだ。
「そうね。それにあなたが見た、白い牙のような塗料のついた岩が重要なヒントになってるのよ」
先生はもったいぶったようにゆっくりと人差し指を立てる。
「塗料のついた尖った岩は、顔入道の岩の真下にあったのよね」
あ、と思った。
「だから抜け落ちた牙のように見えた。それも、一昨日昨日と二回見たその両方とも同じことを思ったのよね。ということは、塗料のついた岩と、顔入道の位置は変わってないってこと。
ここまで言えばもう分かったかな。つまり顔入道の岩の手前にハリボテなんか作ってそのあいだに人間が隠れたりしたら、絶対にその真下の塗料のついた岩も隠れちゃうんだから……」
だから、ハリボテはなかった。

755 先生  後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 22:11:01 ID:4o0HgrnU0
そんな結論が先生の口からスラスラと出てくる。そのこと自体に納得はいったけれど、全然事件の解決にはなっていない。それどころか余計に薄気味悪くなってくる。それじゃあ顔入道は、やっぱり勝手に怒ったり笑ったりしたってことじゃないか。
僕がぶつぶつとそう言うと、先生はうふっと笑った。
「その通りよ」
ええっ、と思わず力が抜けそうになった。そんなバカな。
「正しく言うと、顔入道は勝手に怒ったけれど、勝手には笑わなかった」
なんだか謎掛けのようなことを言いながら先生はチョークを手に持つ。そして黒板に描かれた①のマークのついた「怒る前」の文字のお尻に、「?」の文字を書き加えた。
それからこちらに振り向く。
「さっき、私に怒られそうになったでしょう?」
うんうんと頷く。なんだか楽しくなってきた。これからもっと不思議なことが起こりそうな予感がして。
「あれはお芝居だったけど、あなたはなんだか分からないうちに怒られそうになって、目なんか瞑っちゃって、観念してたわよね」
恥ずかしくて思わずカァーっと顔が赤くなりそうになった。
「これから怒るってことは、もう怒ってるってことよ」
そりゃあそうだ。大人が怒る時なんて大体パターンが決まってるんだから。目を吊り上げちゃって、僕らが答えられないようなことを問い詰めてきて、それから怒鳴りつけたり引っ叩いたりするんだ。
本気で怒り出す前に、これからどうなるかくらい分かる。
あれ? てことは、なにか変だぞ。
先生はクスクスと肩を揺すった後、イタズラっぽく僕の方に向き直った。
「あなたが最初に見た『怒る前』の顔。それは、本当は『怒ってる顔』じゃなかったの?」
ハッとした。
怒る前ってことは、怒ってるってこと。そうだ。怒りをこらえてるってことは、怒ってるってことだ。ただ爆発する前か後かってだけで。
「でも、おかしいよ。タロちゃんも前にいっぺん見てるはずなのに、『顔が怒った』なんて言って逃げてきたんだよ」

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