師匠シリーズ
先生

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774 先生  後編 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 23:04:03 ID:4o0HgrnU0
こんなにも先生のことを誰かに話したかったんだ。自慢したかったんだ。
そう思いながらシゲちゃんの顔を見ると、怪訝そうな表情で首を傾げている。
「まだ熱があるようじゃ」
シゲちゃんは、鎮守の森の向こうにはなにもない、と言った。
そして「寝とれ」と僕に取り上げていたタオルを投げてよこし、部屋から出て行った。
僕は狐につままれたような気になり、どうしてシゲちゃんはまだ嘘をつくんだろうとイライラしながらまた眠りについた。
どれくらい眠っただろうか。誰かが部屋に入ってくる気配がして、僕は目を覚ます。襖を閉めて布団のそばにやってきたのはじいちゃんだった。
「鎮守の森の向こうに行ったのか」とじいちゃんは聞いてきた。シゲちゃんから聞いたようだ。そうだ、と僕が口を尖らすと、いつになく難しい顔をして腕組みのまま胡坐を掻いた。
そして僕の耳は信じられないことを聞いた。
あの集落は、じいちゃんが子どものころに恐ろしい病気が流行ってみんなバタバタと死んでしまい、残った人々も集落を捨てて散り散りになり、今では誰もいない集落の跡だけが打ち捨てられているのだという。
そんなわけはない。だって僕は現にその集落に行ったのだし。現に先生に会ったのだし。現に……
ハッとする。
僕はその時、あの森の向こうの空間にはのどかな山間の集落が確かに存在したけれど、先生以外の人間に出会っていないことに今更のように気づいた。
校舎の隣の家にいるという先生のお母さんも、僕のほかに四人いるという夏休み学校の生徒も、結局誰一人として見ていない。
でも本当にそんな捨てられた集落だというのなら、どうして先生はあんなところに一人でいたのだろう。そして、どうして嘘をついていたのだろう。
分からない。考えていると、また熱がぶりかえしてきそうだ。
「その病気って、なに」
ようやくそれだけを言った僕に、じいちゃんはムスッとしたまま答えた。
「結核じゃ」

775 先生  後編 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/09/04(金) 23:07:21 ID:4o0HgrnU0
結核。
テレビで見たことがある。昔のドラマで、療養所に入っている女性が咳をしていたのが思い浮かぶ。
「肺結核でな。診ることのできる医者がおらんかった」
風邪が流行っているのよ。
風邪が流行って。
咳だ。咳。先生も咳をしていた。どういうことなんだ。
わけが分からず、僕はその言葉を何度も頭の中で繰り返す。
じいちゃんはそんな僕から視線を逸らして立ち上がり、部屋から出て行こうと襖に手をかけてから、思い出したように言った。
「わしらが顔入道さんの怒った顔を見たのもそのころじゃ」
もう行くでない。
ピシリ。襖が閉まる。
わけが分からない。いや、僕の頭のどこか隅の方では分かっている。ただ、分かりたくないのだった。僕自身が。
頭を抱えていると、少ししてまた襖が開かれ、今度はおかゆをお盆に乗せてばあちゃんが入ってきた。
僕はばあちゃんにすがるように訴える。
「でも、先生は知ってた。大きなイブキの庭のある家って言っただけで、シゲちゃんって」
ばあちゃんは、はいはい、と子どもをあやすように僕の手を掻い潜ってお盆を枕元に置き、なんでも知っているという顔でむにゃむにゃと呟いた。
じいちゃんは子どもの時分、音に聞こえた大変なイタズラ小僧で、近隣の集落のものならば誰でも知っていたというほど悪名を轟かせていたのだという。名前は茂春。孫のシゲちゃんはその一文字をもらったのだそうだ。
じいちゃんが子どもころからこの家の庭のイブキの木は、大きな枝を家の屋根まで伸ばしていたのだと言う。
「やっぱり憑かれちょったな。あやうい。あやうい。取り殺されんで良かった。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

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