師匠シリーズ
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673 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 23:13:58 ID:4kHIdhSj0
観念したタロちゃんが洞窟の中に一人で消えて行き、僕らは外でじっと待っていた。
そのあいだ、ふとあの赤い着物の幻のことを考える。洞窟の奥は顔入道が塞いでいて、そこまでの道は枝もない一本道だったし、気がつかずにすれ違うことだって出来ない。なのに僕らは結局、洞窟の奥ではなにも見なかった。
ということはやっぱりあれは幻だったんだ。怖さのせいで見えるはずのないものを見てしまうというのはたまにあるかも知れないけど、あの洞窟に相応しい幻はお坊さんの姿のような気がして、どうしてあんな赤い着物を見てしまったのか分からず、
その理由をぼんやりと考えていた。
いきなりだ。
「ギャーッ」という声が洞窟の中から聞こえた。僕らは思わず身構える。シゲちゃんが懐中電灯を洞窟の奥に向けて、「どうした」と叫ぶ。かすかな空気の振動があり、奥から誰かが走ってくるのが分かる。
緊張で手のひらに汗が滲む。これからなにか恐ろしいものが飛び出してくる気がして、足が竦みそうになる。シゲちゃんがゆっくりと洞窟の中に入ろうとする。僕はそれを遠くから見ている。
と、暗闇の中から揺れる光が見えて、次の瞬間なにかがシゲちゃんを弾き飛ばし、僕の方へ向かって突っ込んできた。慌てて身体を捻ってそれを避ける。その後ろ姿に、あ、タロちゃんだ、と思うまもなく、それは目の前の崖で止まり切れずに、足を滑らせて転がり落ちて行った。
悲鳴が遠ざかって行き、すぐに身体を立て直したシゲちゃんが崖に駆け寄る。すぐに転がる音は止まったけれど、ちょっとした高さだ。ただでは済まないだろう。
けれどその下から泣き声が聞こえてきたので僕はホッとした。シゲちゃんが「待ってろ」と行って崖を回り込んで助けに行く。僕も追いかけようとして、ギクッと背後を振り返る。
洞窟の口がさっきと同じように開いていて、その奥にはなにごともなかったかのように暗く静かな闇があるだけだ。でもタロちゃんは、なにかに怯えて逃げてきた。そして勢いあまって崖へ。
僕はガクガクと全身が震え始め、なんとか視線を洞窟から逸らし、そこから逃げるようにシゲちゃんを追いかけた。

675 先生 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/08/28(金) 23:17:39 ID:4kHIdhSj0
全身を強く打ったタロちゃんをシゲちゃんが担いで、僕らは必死に山を降りた。公衆電話の置いてある所までたどり着くと、そこから救急車を呼んだ。
深夜だったけれどシゲちゃんの家とタロちゃんの家にそれぞれ連絡が行き、僕らはこっぴどく叱られて、病院に駆けつけたタロちゃんの家族に謝ったり、事情を聞かれたりして家に帰って布団に入ったのは明け方近くだった。
興奮していたけれど、よほど疲れていたのか僕は泥のように眠った。
昼ごろに目が覚めてから布団の上に身体を起こした。昼に起きるなんてめったにないことで、やっぱり朝とは違う感じがして寝起きの清清しさはない。
僕は昨日の夜にあったことを思い出そうとする。あの顔入道の洞窟で、僕とシゲちゃんは怒りを堪えているような顔を見た。そして入れ替わりに入っていったタロちゃんが悲鳴を上げて飛び出てきて、勢いあまって崖から落ちた。
幸い怪我は思ったほど大したことがなく、右肩の骨にちょっとヒビが入ってるけどあとは打撲だそうで、しばらく入院したら戻ってこられるとのことだった。
だけど僕には気になることがあった。痛がって呻くタロちゃんをシゲちゃんが担いで山を降りていた時、タロちゃんが繰り返し変なことを呟いていたのだ。
怒った。
顔入道が怒った。
そんなことをうわ言のように繰り返していたのだ。それを聞いた時の僕は、とにかくあの洞窟から早く遠ざかりたくてたまらなかった。今にも巨大な顔が憤怒の表情で闇の中を追いかけてきそうな気がして。
夜が明けて冷静になった今振り返ると不思議なことだと思う。あの洞窟は一本道で、ほかの場所には通じてないはずなのだ。
僕とシゲちゃんが顔を見てからタロちゃんが入れ替わりに洞窟に入って行くまでほとんど時間は経ってないし、僕とシゲちゃんが外で待っているあいだ当然ほかの誰も入ってはいない。
だからタロちゃんは一人で洞窟に入り、行き止まりの場所で顔入道を見てから戻ってきただけのはずなのだ。僕らが見た時には怒っていなかった顔入道がタロちゃんの時には怒っていたなんて、そんなことあるはずがない。
考えてもよくわからない。タロちゃんは一体なにを見たのだろう。聞いてみたいけれど、今は隣町の病院だ。そんな変なことを聞きに行けない。

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