師匠シリーズ
怪物 「結」

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目が覚めたとき、私はベンチで横になっていた。額の上に水で濡れたハンカチが乗
っている。指で摘みながら身体を起こすと、銀色の光が目に入った。
公園だ。辺りは暗い。街灯に照らされた大きな銀杏の木の影がこちらに伸びて来て
いる。キィキィとブランコが揺れる音がする。
「起きたな」

108 師匠コピペ44 sage 2008/10/27(月) 12:30:42 ID:sjwohlYO0

377 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:47:21 ID:ScuN9+/G0
ブランコが止まり、そちらからいくつかの影が歩み寄ってくる。
「良かった。なかなか気がつかないからどうしようかと思ったのよ」おばさんがホ
ッとしたような顔で言った。
「だから言ったろ。寝てるだけだって」
キャップ女が疲れたような動きで右手を広げる。
じわじわと記憶が蘇って来た。そうだ。私は、裸締めで落とされたのだ。彼女に。
私は目を閉じ、ドス黒い感情が身体の中に残っていないのを確認する。あれほど目
標を破壊したかった衝動がすべて体外に流れ出してしまったかのように、すっきり
とした気分だった。
「ぼ、僕たちはあの子の思念に同調しすぎたんだ」と眼鏡の男が言った。「あ、あ
やうく、人殺しをさせられるところだった」
「ほんと勘弁して欲しいよ。3対1だったんだから。おっと、あの青い眼のお嬢ち
 ゃんも入れて3対2か。まあ手荒な真似して悪かったな」
力なく笑うキャップ女に眼鏡の男が頭を下げる。「いや、おかげで助かった。あり
がとう」その眼鏡のフレームは少し歪んでしまっている。
私はそのとき、キャップ女の頬を伝う黒い筋に気がついた。こめかみから伸びる乾
いた血の跡だ。転倒したときに階段の基部で打った部分か。
「ああ、これか。カスリ傷だ」
「痕にならないといいけど」とおばさんが心配げに言う。
「他にもいっぱいあるし、いいよ別に」
そんなやり取りを聞きながら、私は肝心なことを思い出した。
「あの子は、どうなったんですか」
一瞬、風が冷たくなる。
キャップ女がゆっくりと口を開く。
「現場維持のまま、撤退して来た。……おい、ここでまたキレんなよ。とにかく、
 ここから先は警察の仕事だ。わたしたちが動いていい段階は終わったんだ」
あの子を、あの子の死体を、ゴミ袋に入れられた状態のまま放置したのか。
思わずカッとしかける。

109 師匠コピペ45 sage 2008/10/27(月) 12:33:08 ID:sjwohlYO0

379 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:50:04 ID:ScuN9+/G0
「あの子は、母親を殺さなかった。殺す夢を見ても、殺さなかった。最後まで、殺
 されるまで、殺さなかった。ギリギリのところで、そんな選択をした。わたした
 ちが、この街の人たちが、こうして静かな夜の中にいられるのもそのおかげだ」
目に映る住宅街の明かりはほとんどなく、目に映るすべてが夏の夜の底に眠って
いる。
「ここに来るべきじゃなかった。そんな警告すら、あの子はしていたような気がす
 る。もう終わったことだ。招かれざる侵入者は。目を閉じて去るべきだ」
キャップの下の真剣な目がそっと伏せられた。
警告。そうか、あのコーンや道路標識はそのためなのか。
ではあの、カラスとヒトがくっついたような不気味な生き物は?
誰もその答えは持っていなかった。分からない。分からないことだらけだ。私は自
分の住む世界のすぐそばで、目を凝らしても見えない奇妙なものたちが蠢いている
ことを認めざるを得ないのだろうか。
子どものころから占いは好きだったけれど、心のどこかではこんなもの当たるわけ
ないと思っていた。それでも続けたのは、予感のようなものがあったからなのかも
知れない。100回否定されても、101回目が真実の相貌を覗かせれば、私たち
の世界のあり方は反転する。そんな期待を持っていたのかも知れない。
『変わってる途中、みたいな』
そうだ。私は変わりつつある。何故だか、身体が武者震いのようなざわめきに包ま
れる。
その瞬間、背筋に誰かの視線を感じた。それも強烈に。誰もいないはずの背後の空
間から。
キャップ女の身体が目にもとまらないスピードで動き、私の座るベンチの端に足を
掛けたかと思うと、全身のバネを使って虚空に跳躍した。
そして闇の一部をもぎ取るようにその右手が宙を引き裂く。
一瞬空気が弾けるような感覚があり、耳鳴りが頭の中で荒れ狂い、そしてすぐに消
え去る。

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