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102 師匠コピペ36 sage 2008/10/27(月) 11:40:39 ID:IsGl4y7f0
361 怪物 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:29:06 ID:ScuN9+/G0
遠巻きにそれを眺めることしか出来ない私たちが動きを止めているその前で、徐々
に犬の立てる物音が小さくなり、やがて湿り気のある呼吸音だけになる。
空腹を収めることが出来たのか、犬は始めとは全く違う緩慢な動きで舌を這わせ、
口の周りを舐め始める。見えた訳ではない。犬は向こうを向いたままだ。ただそう
いうイメージを抱かせる音がピチャピチャと聞こえている。
そしてひとしきり肉食の余韻を味わった後、犬は一声鳴いて木の幹を回り込むよう
にして闇に消えていった。
その最後に鳴いた声は気味の悪い声色で、耳にこびり付いたようにいつまでも離れ
ない。
かわいそうに。
と、私の耳には確かにそう聞こえた。
犬の影が見えなくなると住宅街の中の緑地は静けさを取り戻す。
「なんだったの」おばさんが少女の手を取ったまま声を絞り出し、眼鏡の男が恐る
恐る木の根元に近づいていく。
「喰われてる」
そんな言葉に私も首を伸ばすが、そこには黒い血の染みと散らばった羽毛しか残っ
てはいなかった。
「畸形、だったのか?」自問するように眼鏡の男が口走る。それを受けて、キャッ
プ女が「なわけないだろ」と嘲る。
私もそう思う。畸形だろうがなんだろうが、自然界があんな冒涜的な存在を許すと
は思えなかった。ならば……
「幻覚?」
私の言葉に全員の視線が集まる。
「でも、みんな同じものを見たんだろ。その……くだんみたいなやつを」
「ちょっと待て。あんただけ牛を見たのかよ」キャップ女が突っかかる。
「ち、違う。じゃあなんて言うんだよ、ああいう人間の顔したやつを」
「そう言えば、人面犬ってのが昔いたねぇ」とおばさんが少しずれたことを言う。
103 師匠コピペ37 sage 2008/10/27(月) 11:42:21 ID:IsGl4y7f0
364 怪物 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:32:13 ID:ScuN9+/G0
「くだんなら、予言をするんだろ。戦争とか、疫病とかを」キャップ女が両手を広
げてみせる。
「言ってたじゃないか」
「かわいそうに、が予言か?。いったい誰がかわいそうだっていうんだ」
その言葉に、言った本人も含め、全員が緊張するのが分かった。
ざわざわと葉が揺れる。
そうだ。かわいそうなのは、誰だ?
脳裏に、何度も夢で見た光景が圧縮されて早回しのように再生される。この場所に
来た理由を忘れるところだった。
とっさに空を見る。
月は、雲に隠れることもなく輝いている。
月の位置。そして一番背の高いビルの位置。
近い。と思う。
「月はどっちからどっちへ動く?」と眼鏡の男が周囲に投げ掛ける。
「太陽と同じだろ。あっちからこっちだ」とキャップ女が指でアーチを作る。「あ、
でも1時間に何度動くんだっけ? 忘れたな。あんた、現役だろ?」
いきなり振られて動揺したが、「たぶん、15度」と答える。
「1時間、ちょい過ぎくらいか、今」そう言いながら眼鏡の男が指で輪ッかを作っ
て月を覗き込む。
「15度って、どんくらいだ」
輪ッかを目に当てたまま呟くが、誰も返事をしなかった。
「でもたぶん、近いわね」とおばさんが真剣な表情で言う。
「手分けして、虱潰しに探すか」眼鏡の男の提案に、賛同の声は上がらなかった。
やがて「こんな時間に一般人を叩き起こして回ったら、警察呼ばれるな」と自己解
決したように溜息をつく。
暫し気分的にも空間的にも停滞の時間が訪れた。
キャップ女とおばさんが、小声でなにかを話し合っている。眼鏡の男はぶつぶつと
独りごとを言っていたが、木の幹に隠れるように寄り添っていた青い眼の少女に向
かって「おまえもなんか言えよ」と投げ掛けた。