師匠シリーズ
怪物 「結」

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82 師匠コピペ15 sage 2008/10/27(月) 10:49:32 ID:SNTEH34B0
286 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 02:30:16 ID:ScuN9+/G0

水曜日に昼前からエスケープした以外は、真面目に授業に出ていた私(授業を受け
る態度はともかくとして)以上に、彼女にはこの街で起こりつつあることを調べる
時間があったのかも知れないのだ。
もしそうだとしたならば、今の、まるで同情を誘うような咳は逆に私の中に猜疑心
を芽生えさせただけだ。
だが分からない。すべては憶測だ。けれど少なくとも、この女に気を許してはいけ
ない、ということだけはもう一度肝に銘じることが出来た。
「エキドナを探したい。知っていることをすべて話してくれ」
単刀直入に懇願した。だがこれも駆け引きの一部だ。彼女の一見意味不明な言動は
聞く者を戸惑わせるが、その実、真理の、ある側面を語っているということがある。
短い付き合いだが、それは良く分かっているつもりだ。彼女は無意味な嘘をつかな
い。嘘をつくとしても、それは真実の裏地に沿って出る言葉なのだ。意味は必ずあ
る。それを逃さないように聞き取れば良いのだ。
「……探してどうするの」
止めたい。
電話の冒頭で口にしたその言葉をもう一度繰り返そうとして、本当にそうだろうか
と自分に問い掛け、そして胸の内側から現れた別の言葉を紡ぐ。
「見つけたい」
「それは探すことと同義ではないの」
「言葉遊びのつもりはない。ただ、本当にそう思っただけだ」
「面白いわね、あなた」
それから僅かな沈黙。
電話のある静かな廊下とは対照的に、居間の方からは相変わらずテレビの音が流れ
て来ている。
「正直に言って、あなたの鋏の話は驚いたわ。人を殺す夢を見ても、それが現実の
 人間の行動に影響を与えるなんて思ってもみなかった」
考えろ。これは嘘か、真か。
押し黙る私を尻目に彼女は続ける。
「わたしも夢の中で握っているはずの刃物の感触が思い出せない。あれが鋏だとす
 るなら、確かにすべての辻褄が合うわね」

83 師匠コピペ16 sage 2008/10/27(月) 10:51:47 ID:SNTEH34B0

294 怪物  ◆oJUBn2VTGE ウニ あと少しなのにさるさん… 2008/08/03(日) 03:00:44 ID:ScuN9+/G0
嘘だ!
これは嘘だ。
間崎京子は、そんな夢を見ていないと言ったはずだ。それとも今朝私にそう言って
から、この夜までの間に彼女は眠り、エキドナが見る夢とシンクロして母親殺しを
追体験したというのか。
クス、クス、クス……
コン、コン、コン……
忍び笑いと、咳の音が交互に聞こえる。
「わたしは、嘘なんてついてないわ。ただあなたが『母親を殺す夢を見たか』と聞
 くから『見てない』と言っただけよ」
「それのどこが嘘じゃないって言うんだ。おまえも刃物で切りつける夢を見ている
 じゃないか」
声を荒げかける私に、淡々とした声が諌めるように降って来る。
「わたしが見ていた夢は、『知らない女を殺す夢』よ」
なに?
予想外の答えに私は一瞬思考停止状態に陥る。
「月曜日だったかしら、それとも火曜日だったかな? チェーンを外して、ドアか
 ら首を出す見覚えのない女の首筋に刃物で切りつける夢を見たのよ。一度見てか
 らは毎日。他のみんなはそれが母親の顔だと思っているみたいね」
どういうことだ? 間崎京子だけは、夢の中で殺した相手が母親ではないと言うの
か? 何故だ。
「おかしいと思わない? 夢に出てくるチェーンのついたドアだとか、それに手を
 伸ばして背伸びをする感覚は、みんな実際の自分のものではない、言うならば個
 を超越した共通言語として出て来るのに、殺した相手の顔だけは現実の自分の母
 親の顔だなんて」
待て。それについては考えたことがある。私はこう思ったのだ。

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