師匠シリーズ
怪物 「結」

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104 師匠コピペ38 sage 2008/10/27(月) 11:43:15 ID:IsGl4y7f0

367 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:37:52 ID:ScuN9+/G0
少女は、身構えたようにじっとしたまま瞼をぱちぱちとしている。
私はさっきのフラッシュバックに引っ掛かるものを感じてもう一度夢の光景を思い
出そうとする。それは些細なことのようで、また同時にとても重要な意味を持って
いるような気がする。
どこだ? 揺らめく記憶の海に顔を漬ける。
刃物の感触? 違う。ロックが外れる音。チェーンを外すための背伸び。叩かれる
ドア。違う。まだ、その前だ。足音。その足音を、母親のものだと知っている。足
音は、下から登ってくる……
ハッと顔を上げた。
確かに、足音は下の方から聞こえて来た。何故それをもっと深く考えなかったのか。
2階以上だ。2階以上の場所に玄関があるということは、集合住宅。マンションか、
アパートか。
私は夜の中へ駆け出した。他の人たちの驚いた顔を背中に残して。
考えろ。フラットな場所の足音ではない。登ってくる音だった。マンションなら、
部屋の中から通路の端の階段を登ってくる足音が聞こえるだろうか。端部屋なら、
可能性はある。でも、例えば、階段が部屋の玄関のすぐ前に配置されているような
アパートなら、もっと……
私の視線の先に、それは現れた。
比較的古い家が並んでいる一角に、木造の小さな2階建てのアパートがひっそりと
佇んでいる。
1階に3部屋、2階にも3部屋。玄関側が道に面している。ささやかな手すりの向
こうにドアが6つ、平面に並んで見える。1階から2階へ上がる階段は、1階の
右端のドアの前から2階の左端のドアの前へ伸びている。赤い錆が浮いた安っぽい
鉄製の階段だ。登れば、カン、カン、とさぞ騒々しい音を立てることだろう。
立ち尽くす私に、ようやく他の人たちが追いついて来た。
「なんなのよ」「待て、そうか、足音か」「このアパートがそうなのか」「……」
アパートに敷地に入り込み、階段のそばについた黄色い電灯の明かりを頼りに、
駐輪場のそばの郵便受けを覗き込む。

105 師匠コピペ39 sage 2008/10/27(月) 11:44:27 ID:IsGl4y7f0

369 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/08/03(日) 23:39:31 ID:ScuN9+/G0
上下に3つずつ並んだ銀色の箱には、101から203の数字が殴り書きされてい
る。名前は書かれていない。そして101と、201、そして203の箱にはチラ
シの類が溢れんばかりに詰め込まれている。綺麗に片付けられた番号の部屋には、
現在まともに住んでいる入居者がいるということだろう。
2階で綺麗なのは202だけだ。
道理で、母親の足音だと分かったはずだ。階段を登ってくるものは、他にいないの
だろう。
同じようにその意味を理解したらしい人たちの息を呑む気配が伝わって来る。
階段を見上げながらそちらに歩こうとすると、いきなり猫の鳴き声が響いた。
見ると、青い眼の少女の前から1匹の汚らしい猫が逃げて行くところだった。敷地
の隅に設置されたゴミ置き場らしきスペースだ。黒いビニール袋やダンボールが重
ねられている。
青い眼の少女は猫の去ったゴミ置き場から目を逸らさずにじっとしていた。
その異様な気配に気づいた私もそちらに足を向ける。
じっとりと汗が滲み始める。さっき走ったせいばかりではない。暗い予感に空間が
グニャグニャと歪む。私の鼻は微かな臭気を感知していた。肉の匂い。腐っていく
匂い。
ゴミ置き場が近くなったり、遠ざかったりする。雑草が足に絡まって、前に進まな
い。どこからともなく荒い息遣い。そしてその中に混じって、かわいそうに、かわ
いそうに、という声が聞こえる。
幻聴だ。雑草も丈が短い。ゴミ置き場も動いたりなんかしない。
理性が、障害をひとつ、ひとつと追い払っていく。
けれど臭気だけは依然としてあった。
ひときわ中身の詰まった黒いゴミ袋が、スペースの真ん中に捨てられている。
2重、いや3重にでもされているのか、やけにごわごわしている。
誰も息を殺してそれを見つめている。肩が触れないギリギリの距離で、皆が並んで
いる。
胸に杭が断続的に打ち込まれているような感じ。手をそこに当てる。見たくない。

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