師匠シリーズ
田舎

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どういう意味だったのだろうとCoCoさんの方を振り返ろうとした時、不思議なことが起こった。
ユキオの原付が加速した様子もないのにスルスルと先へ先へと遠ざかって行くのだ。

坂道でこっちの車の速度が落ちたのかと一瞬思ったが、そうではない。速度メーターは同じ位置を指したままだ。

何が起こっているのか理解できないうちに車は原付から離され、ユキオの白いヘルメットはこちらを振り向きもしないで曲がりくねる山道の奥へと消えて行こうとしていた。

「アクセル」
京介さんが鋭く言ったが、師匠は「踏んでる」とだけ答えて真剣に正面を見据えている。

こちらが遅くなったわけでも、原付が早くなったわけでもない。俺の目には道が伸びていっているように見えた。

周囲を見回すが、同じような山中の景色が繰り返されるだけで、一体どこが「歪んで」いるのかわからない。

387 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:48:17 ID:pA3eqjtb0
そうしているうちに完全にユキオの原付を見失った。
道は一本道だ。追いつくまでは、このまま進むしかない。

師匠は一度ギアを落としたが、回転音が派手になるだけで効果がない。
「まずいなあ」
ギアを戻しながら呟く。
「これって、なんの祟り?」
師匠の軽い調子に、京介さんは「知らない」と突き放す。

俺は今起きていることを信じられずに、ひたすら目をキョロキョロさせていた。まだ午前中の早い時間帯だ。すべてが冗談のように思える。
「実にまずい」
前方に目を向けると、道がますます狭くなっているような気がした。

カーブもきつくなっていて、フロントガラスの向こう側の景色はいちめんに屹立する木、木、木。

緑色と山の黒い地肌が壁となって迫ってくるかのようだ。
ギリギリ二車線の幅が、今は完全に一車線になっている。ガードレールも消えさってしまった。

右側は渓谷だ。転落したらまず、命はない。
反応を見る限り、俺が見ているものを他の3人も見ているのは間違いない。
集団幻覚?
そんな言葉が頭をよぎる。しかし、車のアクセルの効果までそんなものに束縛されてしまうのだろうか。

「なあ」と師匠がCoCoさんに呼びかけた。
「これって、夢じゃない?」
CoCoさんは首を横に振る。師匠は少し経ってから頷く。
奇妙なやりとりだ。

388 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:49:08 ID:pA3eqjtb0
「なにか他に異変が起きてくれれば、ヒントになるんだけどな。たとえば木の枝に」
人間がつりさがっているとか……
囁くような師匠の口調に、思わず身を竦める。

本当に周囲の山林のなかにそんな不気味な光景が現れるような気がして、チリチリとうなじの毛が逆立つ。

前へ伸びる道と後ろへ伸びる道。その両端が、曲がりくねる山のどこかで繋がっているようなイメージが頭を掠め、ゾクリとした。

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