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師匠は迫ってくる鋭いカーブに際どくハンドルを切り続けている。まるで止まることを畏れているようだった。
異変、異変。
そんなフレーズが頭の中で繰り返されていると、視線の中に見覚えのあるものがチラッと映った気がした。
山の斜面に目を凝らすが、あっと言う間に通り過ぎる。
少しして、前方にもう一度同じものが現れた。それを見た瞬間俺は叫んだ。
「蛇が!」
師匠が素晴らしい反応でブレーキを掛ける。
車はカーブする斜面に半ば擦りそうになりがら止まった。
京介さんが後部座席のドアを開けて飛び降りる。そしてすぐさま木の根っこをよじ登り、山肌に横たわった黒い蛇の姿をとらえた。
俺たちも車から降りて近づく。
見ると、その黒い頭には長い釘が深々と突き通っている。頭から顎まで貫かれて地面に縫い付けられ、蛇は死んでいた。丈の短い草の中にのたうつその体が、地下水のように湧き出たどす黒い血のように見える。
390 田舎 中編 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:50:04 ID:pA3eqjtb0
京介さんが右手の指を絡ませ、その釘を抜いた。
その瞬間、上空から。
上空から、としか言いようがない場所から耳をつんざく様な悲鳴が聞こえた。男とも女とも、そして人とも獣ともつかない声だった。
しかし次の瞬間、説明しがたい感覚なのであるが、一瞬にしてそれが幻聴だとわかったのだった。そしてなにか目の前の光景が今にもペロリと裏返りそうな、そんな不気味な予感に襲われる。
ざわざわと木の枝が鳴って、俺は足を棒のように固まらせていた。
「車に戻れ」という師匠の声に我に返ると、逃げ込むように助手席に飛び乗った。
シートベルトをする暇もなく、車は急発進する。
そして次のカーブを曲がるや否や、ユキオの原付が目の前に現れた。
遠ざかって行く前となにも変わらない様子で山道を走り、白いヘルメットがゴトゴトと揺れている。
道もいつの間にか元の幅に戻り、ガードレールも所々へこみながらもちゃんと両側にある。
俺は言葉を失って、首をゆるゆると振る。
まるでさっきまで緑色の迷宮に閉じ込められていた間、時間がまったく経過していなかったかのように、すべてはすっきりと繋がっていた。
今まで心霊体験の類を数知れず味わってきた俺にも、まるで白昼夢のような出来事に呆然とせざるをえなかった。
「やってくれたな」
師匠が深く息を吐いて、背もたれに体を預けた。
「今のが人間の仕業とは」
言葉の端から、ゆらゆらと青白い炎が立つような声だった。
392 田舎 中編 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:51:25 ID:pA3eqjtb0
京介さんの方を見ると、さっきの蛇に打ち込まれていた釘を手にしている。
「持っていろ」
そう師匠が言ったとたん、京介さんは窓からそれを投げ捨てた。