師匠シリーズ
田舎

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その後は、原因と判じられた犬神筋の家へ赴いて……」
「貢物を差し出すわけですか」
口を挟んだ俺に、師匠は首を振る。

「文句を言いに行くんだよ。人の道に外れたことをしやがって、と」

375 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:33:41 ID:pA3eqjtb0
犬神の伝説が息づいているのは、農村地帯がほとんどなのだそうだ。

人と人との関わりが深く濃密な、狭い共同体の中でなにか理不尽な災いが起こった場合、それを誰か特定の人間のせいにしてしまうのは、日本の古い社会構造の歯車の一つなのだろう。
それが差別階級を生む要因にもなっている。
ところが師匠は、この犬神筋についてはいわゆる被差別部落民とは少し意味合いが違うと言う。

「犬神筋は、裕福な家と相場が決まっている。
それも、農村に商品経済、貨幣経済が浸透しはじめたころに生まれた新興地主がほとんだ。土地を持つこと、そして畑を耕すことがすべてだった農村の中に、土地を貸し、貨幣を貸し、商品作物を流通させることで魔法のように豊かになっていく家が出現する。
そしてこのパラダイムシフトを理解できない人々は思う。
“あの家が金持ちになったのは、犬神を使っているからだ”と。
我々の土地を、財を、貪欲に欲しがり、犬神を使役してそれらを搾取しているのだと。金がないのも、土地がないのも、腹を下したのも、怪我をしたのも全部犬神筋のせいだ、というんだ。

そう信じることで、共同体としてなんらかのバランスを保とうとしているのかも知れない」

気がふれるということを、昔の人は狐がついたとか、犬がついたとか言うだろう?
師匠はそう続けながら指を頭のあたりで回す。
「これは犬神に限らず、狐憑きも蛇神筋も猿神筋も同じだ。

気がふれたフリをするのはとても簡単で、しかも何が憑いているのかを容易に表現できるからだ。狐なら狐の真似を、犬なら犬の真似をすればいい。
そうすれば、憑き物筋という家が存在し、それが他に害を成しているということを、搾取されている人々の間で再確認することができる」

382 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:43:28 ID:pA3eqjtb0
ようするに「やらせ」なのだ、というように俺には聞こえた。
犬神は、なにかおどろおどろしい存在なのではなく、いや、それ自体が人の心の闇を秘めているにせよ、農村における具体的な不満解消のシステムの一つに過ぎないのだと。そう聞こえたのだった。

しかし師匠はふいに押し黙る。
俺はその沈黙の中で、前日にあの四つ辻で京介さんが倒れたシーンと、そのあとに襲われた悪寒が脳裏をかすめ、ジワジワと気分が悪くなっていった。
「犬神の作り方として伝えられる記録に、こんなものがある。

まず、犬を土中に埋め、首だけを出して飢えさせる。そして飢えが極限にきたところで餌を鼻先に置き、犬がそれにかぶりつこうと首を伸ばした瞬間にその首を鉈で刎ねる。

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