師匠シリーズ
田舎

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「浄暗という言葉があるだろう。清浄な闇という意味だ」
ここは空気がいい。
そう言って目の前に広がる木々の黒い陰を眺めている。

遠くで湧き水の流れる音が聞こえる。
「師匠を見ませんでしたか」
そう問うと、煙を吐きながら答えてくれた。
「バイクで出て行ったな」

370 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:28:24 ID:pA3eqjtb0
そういえば、伯父から滞在中自由に使いなさいと言われていたことを思い出す。
どこに、と聞こうとしてすぐに聞くまでもないと思いなおした。

明日もいろいろありそうだ。
そう思って、今日のところはきちんと寝ておくことにする。
「おやすみなさい」という言葉に、京介さんは小さく手を振った。

朝が来た。
目を覚ますと、隣で師匠がひどい寝相をしている。
少しほっとする。

伯父夫婦と合わせて6人で朝食をとる。なにか足らない気がした。
そうだ。新聞がない。
「ああ、昼にならんと来ん」
そういえばそうだった。俺のPHSも師匠の携帯も通じない、情報を制限された田舎なのだ。

食べ終わって、部屋に帰ると師匠に夜のことを聞いてみた。
「行ったんですよね、あの京介さんが怪我をした場所へ」
「うん」と師匠は答え、扇風機のスイッチを入れながら胡坐をかいた。
「なにかあったんですか」
「いや、なにもなかった」
煮え切らない答えに少しイラッとする。あんなやり取りをしておいて、なにもないはずはない。

すると師匠は意味深に目を細めると、ゆっくりと語った。
「昼にはあり、夜にはなかった」
掘り出されていた、というのだ。

372 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:30:51 ID:pA3eqjtb0
「僕らが気づいたことを、知られたようだ」
言葉の端に、気味の悪い笑みが浮かんでいる。
「なにが、埋まっていたんですか」
師匠は畳の上にごろんと寝転がった。

「犬神を知ってるかい」
「聞いたことは」
京介さんがこの旅の前に口にしていたのを覚えている。

「古くは呪禁道の蠱術に由来すると言われる邪悪な術だよ。犬神を使役する人間が他人の物を欲しがれば、犬神はたちまちにその人に災いをなし、その物を与えるまで止むことはない。
犬神は親から子へと受け継がれ、その家は犬神筋とか犬神統などと呼ばれる。
犬神筋は共同体の中で忌み嫌われ、婚姻に代表される多くの交流は忌避される。

そのために犬神筋は一族間での通婚を重ね、ますますその”血”を濃くしていく」
師匠は秘密めかして仰向けのまま指を立てる。

「犬神というのはその名前とは裏腹に、小さな鼠のような姿で描かれることが多い。
 もしくは豆粒大の大きさの犬だとする記録もある。
犬神筋はそれらを敵対する者にけしかけ、腹痛や高熱など急激な変調をもたらす。
犬神にとりつかれた者は山伏や坊主などに原因を探ってもらい、どこの誰それの犬神が障っているのだと明らかにする。

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