師匠シリーズ
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もう一度だけ、と電車の通過前のシーンを再生すると、その人物は全身を大きなコートで覆い、その手には手袋をして、目深に被った帽子と白いマスクで顔まで外気から包み隠していた。
ビデオの荒い映像では、全く人相が分からない。男か女かも。
ただ、帽子に隠れて見えないその目が、なぜかカメラの方を向いた気がした。
次の瞬間にその身体はホームから転落し、鉄の塊がそれをなめすように通り過ぎて行った。

ビデオを見た夜は結局師匠の家に泊まった。
次の日は朝イチの大学の講義をすっぽかし、二限目に出席した後でサークルの部室に転がり込んで、そのままダラダラと過ごした。
何人かで連れ立って学裏の定食屋で晩飯を喰らい、特にすることもないので解散。俺はその足でコンビニに寄り、賞味期限の切れかけた二十円引きのパンを買って自分のアパートに帰った。
五本千円で一週間借りているレンタルビデオから適当に二本ほど取り出してパンを齧りつつ見ていると、実に平均的な我が一日が終わった。
伸びをして、ああー、とかいう感嘆符が口をつき、それからベッドに倒れ込む。
ぶら下がった電球の紐を、横になったまま苦労して掴むと部屋の中は暗くなる。
そして掛け布団を被って目をつぶる。
奇妙なことが起こったのはその時だ。
閉じられた瞼の裏に、さっきまで明るかった電球の輪郭が映る。それは取り立てておかしくもない、寝る前のいつもの光景だ。
だが、その電球の輪郭とは少し離れた位置に、もうひとつ別の輪郭が映っていた。一瞬焼き付いた光が、わずかな視覚情報を脳に届けたあとですぐに拡散して消えていく。目を閉じたままそれをよく見ようとしても、幻のように溶けていってしまう。
瞼を開くと暗闇の向こうに天井があるだけだ。紐をつかみ、電気をつけてからもう一度目を閉じてみる。するとまた電球の輪郭がポッ、と虚空に浮かび、そしてレントゲン写真のような陰影を残しながら染み込むように消えていった。
677 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 01:22:21 ID:3TBJnZvS0

今度はもう一つの別の輪郭は見えなかった。何度か目を瞬いたが、おかしなものは見えない。
なんだったのだろう。あれは。
瞼の裏に輪郭が映るほど光を発する、もしくは反射するものなんて天井にぶら下がっている電球以外ないというのに。
目を閉じた瞬間の、頼りない記憶を呼び起こす。
ベッドに寝転ぶ前にそんなものを見ていたはずはない。なんだか鼓動が早くなってきた。
電球の横に、無数の窓から光の漏れているビルを見ていたなんて。
息を深く吐き、その後軽く笑うように最後の息が漏れる。
今日見たレンタルビデオにそんなビルが出てきただろうかと考えながら、疲れた目頭を押さえて、電球の紐を手繰った。

次の日も大学の授業があった。一限目、二限目と真面目に出席したあと、昼食をとるために学食へ足を運んだ。
トレーを持って視線を巡らせると、いつもの指定席に師匠の姿を見つける。
「カレーですか」
向かいの席に腰掛けると、彼はスプーンを口に入れたままうっそりと頷く。
学食のカレーのLサイズは300円でお釣りがくるという低料金にも関わらず腹を空かせた学生の胃袋をそこそこ満足させてくれるボリュームを誇っている。もちろん味はともかくとしてだ。
「なにか分かりましたか」
俺の問いかけに、しばらく口をもぐもぐ動かしてから水を飲む。
「場所は、分かったよ」

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