師匠シリーズ
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950 ビデオ 中編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/15(日) 00:26:47 ID:Qzrou5dq0
前原駅の事故では、『年齢20歳から40歳の男性、身長160から170センチ位』とある。高遠駅のものは『年齢20~40歳位、身長165~170cm位』
その他を見ても、年齢や身長にかなりの振れ幅がある。最大のものは年齢で20~50歳位、身長で160~175センチ位となっている。死後何年も経過しているわけではないのだ。
すぐに検視したのなら、年齢はともかくとして、身長は正確な数字が分かっていいはずだ。たとえ胴体が真っ二つになっていようと。それが正確に測れないような死体の状態を暗に示しているのだとしたら……
バラバラ。
みんなバラバラなのだ。無数の肉片になって、線路に撒き散らされているのだ。
そうならないはずの、通過列車なのに!!
ごくりと喉が鳴る。目の前で師匠の瞳が妖しく輝いている。
「あの、コートの、下は、はじめから……」
師匠の唇がゆっくりと動く。頭の中で、ビデオで見たコートの男の姿が再生される。列車がホームに飛び込んでくる直前の、一瞬の映像。荒い画質の中で、コートの中がもぞもぞと動く。帽子とマスクに覆われた顔の、その奥は。
やめてくれ。聞きたくない。
耳を塞ぐ。
「帰ります」
そう言って師匠の部屋を飛び出した。

81 ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 21:10:27 ID:vbLvaS0Q0
師匠の部屋を出てから、自転車に乗って街なかをしばらくうろうろしていた。
考えがまとまらない。情報が多すぎる。官報の無機質な記事の中で、無数の人々の様々な死を追体験した俺は、人間の死とはなにか、人間の尊厳とはなにか、勝手に浮かんでくるそんな問いの答えをぐるぐると考えていた。
結局、黒谷という師匠の知り合いから買い取ったあのビデオは、駅員たちの怪談じみた噂話の中にだけ存在していたはずの、奇怪な死者の姿を画面の端にとらえていたものだった。
そしてそのビデオは供養のために寺に持ち込まれた。
なにか変だ。元駅員の二人から話を聞き、官報まで調べて俺たちはその死者の正体、いやそのしっぽにたどり着いた。だからあのビデオが恐ろしい代物だということを知っている。
けれど、ビデオを撮影した人間にとってはどうだ。ただ、素人の映像劇の撮影中に偶然撮れた鉄道事故の瞬間に過ぎない。確かに気持ちの良いものではないが、そこまで怯えるべきものだろうか。
俺たちは、このビデオがヤバイと聞かされて、積極的に情報を集めたからこそサトウイチロウにたどり着いたのだ。ただの鉄道事故の映像から、同じように情報を辿れるものだろうか。
なにか俺の知らない別のファクターがあるのかも知れない。
……
気がつくと駅前まで来ていた。
時計を見る。午後四時半過ぎ。財布を見る。一万円札がチラッと覗く。
「行ってみるか」
あのビデオの舞台である前原駅は多少遠いが今日中に行って帰れる距離にはある。
さっき師匠の言葉にビビらされた後だというのに、我ながら現金なものだ。好奇心が恐怖心にもう勝ってしまっている。というよりも師匠の話し方の問題なのだ、という気がする。
84 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 21:15:07 ID:vbLvaS0Q0
あの人は必要以上に俺を怖がらせようとする傾向がある。それに嵌ってしまう俺も俺だが。
キオスクで弁当を買って、ちょうど出発するところだった快速に乗る。
帰宅ラッシュにはまだ少し早い時間だったので、四人掛けの席の奥に座れた。
黙々と弁当をかきこむ。考えたら朝からなにも食べていなかった。ろくに自炊もしてないから、食べることに関しては本当に適当だ。
それからスーツ姿の人たちや学生服の群れで車内は込み始め、俺はざわめきの中で考えごとをしながら心地よい振動に身を任せていた。
一度乗り継ぎをしてから、結局特急料金を払わずに目的地にたどり着いた。
前原駅だ。
本当に田舎じみた周辺の駅よりは多少ましだが、それでも小さな駅だという印象は否めない。
伸びをしてから、一緒に降りた数人の客と改札へ向かう陸橋の階段を上る。日が落ちかけて、駅の構内は薄暗くなってきている。
改札の前に立ち、両手の人差し指と親指とでフレームを作って移動することしばし。見覚えのあるアングルを発見する。
ここだ。あのビデオはここから撮影していたのだ。そう思うと、何故だか分からないけれど身震いするものがある。
ホーム側にちょっと奥まったところだ。この角度では線路は見えない。
画面の端に映っていた「高遠駅」の矢印も確認する。あの特急列車が向かった駅だ。そういえば、サトウイチロウにまつわるこの前原駅の事件の一つ前は高遠駅で発生している。特急列車の通過する駅の順番と、事件はなにか関係があるのだろうか。
頭の中でうろ覚えの地図を再生するが、事件の発生順と駅の並びには法則性はないようだ。バラバラに起きている。
バラバラ……
その単語を思い浮かべた瞬間、視界の隅、向かいのホームに灰色のコートが見えた気がして思わずハッとする。

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