師匠シリーズ
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仕事場を出て北村さんと別れたあと、駅前で一人ラーメンを食べてから帰途に着く。途中、百円ショップに寄ってバナナとベビースターを買い込んだ。
それらをお供に寝転がってレンタルビデオを見るのが至福の時だった。
部屋に帰り着き、風呂に入ってからさっそくビデオをセット。もうテコでも動かないぞ、という気持ちが沸いてくる。
そのころにはすでに明日の一限目が始まる時間に起きられるように、などという殊勝なことはあまり考えなくなっていた。
結局残りの三本とも見終わったときには夜中の三時を回っていた。
伸びをしてから、目覚ましを手に持ち、何時にセットしようか考えてから、やっぱりめんどくさくなり、運命に身を任せることにしてベッドに向かう。

691 ビデオ 前編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 01:39:31 ID:3TBJnZvS0

明かりを消す。
すると目の前に、不思議な光が現れた。
いや、光の残滓か。
それは夜景だった。
極小の光の粒が薄く左右に伸びている。まるで離れた場所から街を見ているような……
すぐに目を開ける。光の幻は消え去る。昨日とまるで同じだ。もう一度目を閉じる。かすかに光の跡が見える。ギュッと目を瞑ると、一瞬その輪郭が強く浮き出る。
けれどそれもやがて消える。
俺は闇の中で息を殺しながら考える。夜景なんて直前には見ていない。ビデオを見終わって、すぐにテレビも消した。もちろん最後に見ていたビデオにもそんなシーンは出ていなかった。
一本目のビデオに一瞬だけ夜景が映っていたような気がするが、もっと遠景だったし、なにより六時間も前に見たシーンがずっと瞼に焼き付いていたなんてことがあるとは思えない。
なにか嫌なことが起こりそうな予感がする。
師匠の部屋で、あのビデオを見てからだ。これは偶然なのか。
(あのビデオ、やばいぜ)
呪いのビデオ? ビデオの呪い?
記憶の影に、もう一度夜景の幻視を覗く。
離れた場所から見た街の光。それはいつか見た、夜の中を走る電車の窓からの光景であるような気がした。
(サトウイチロウを片付けたら呪われる)
呪われる。呪われる?
なんだろう。訳も分からず、ただ恐怖心だけが強くなってくる。夜は駄目だ。今だけはなにも起こらないで欲しい。
ベッドの上で、身体を縮めて俺は周囲の気配に耳をそばだて続けた。

913 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/14(土) 22:59:37 ID:0JItplbL0
次の日、昼過ぎに目覚めた俺は師匠の家に電話をした。
十回ほどコール音を聞いたあと、受話器を置く。続けて携帯に掛けるが、電源が切れているか、電波が届かない場所にいるらしいことしか分からなかった。
仕方なく、昨日北村さんに聞いた元駅員という先輩の家を訪ねてみることにした。授業に出るという選択肢など、とっくに吹っ飛んでしまっている。
財布の中を確かめて、買って持っていく日本酒の銘柄を決める。散財だ。ビデオが何本借りられると思ってるんだ。
家を出て、自転車に乗る。
陽射しが眩しい。ここ数日涼しかったのに、今日はやけに暑い。今年もまた夏が来るらしい。
道路沿いをこぎ続けて、ようやくその住所にたどり着く。住宅街の中のごくありふれた民家だ。
チャイムを鳴らし、用件を告げる。
吉田さんというその六十代の男性は、日本酒を掲げて北村さんの紹介だと告げた途端に、玄関の奥へ顔を突っ込み、「かあさん、お客だ。お客。お茶を出しなさい」と怒鳴った。
そして家の中に招き入れられる。
一体、北村さんの名前と日本酒、どっちが利いたのか分からなかったが、話し好きであることは間違いないようだった。
客間の座椅子に腰掛け、勧められるままに煎餅に手を伸ばしながら、北村さんと同僚だった時代の昔話をしばし拝聴する。
本題を切り出す前の脇道だったので、適当に相槌を打っていたのだが話術のせいなのか、これが意外と面白くいつの間にか聞き入ってしまっていた。
始発の直前に寝坊して、時間との戦いの中そのピンチを切り抜けた話など思わず手に汗握ってしまったほどだ。
やがて喉が渇いたと言い出した吉田さんは、テーブルの上の日本酒をじっとりと見つめる。

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