師匠シリーズ
ビデオ

この怖い話は約 3 分で読めます。

115 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 22:06:07 ID:vbLvaS0Q0
そしてある瞬間に、蝋燭の火が消えた。
現実に存在しているわけではない、どこかよく分からない場所にある蝋燭が消えた。
とたんに身体が動き、俺は窓ガラスにかきついた。もたつきながらカギを開け、ベランダに出る。
そして手すりを乗り越え、雨どいにしがみ付いて下に降りた。嫌な汗をかいた身体に風が冷たい。腕を擦りむいたが、気にしていられない。
一階の各部屋のカーテン越しに漏れる明かりをたよりにアパートの外側を駆け、駐輪場までたどり着く。
なにもいない。
倒れている自分の自転車を引き起こすと、すぐさま乗って後も見ずに走り出す。
無我夢中でペダルをこぎながらどこに向かうべきか考える。
一つしかなかった。
やがて師匠の家に着く。
ドアをノックする。開いているよ。知ってます。
散らかったアパートの部屋に転がり込む。
息を整えると、ようやく少し落ち着いてくる。
「おい、やっちまったよ」
師匠が落胆した表情で、狼狽する俺にもたれかかるような視線を向けてくる。その指の先にはビデオデッキがある。
「今日の金曜ロードショー、アレだったからさ。ビデオに採ろうと思って。それで、やっちまった」
俺はついさっきまでの恐怖心を消化するためのブツケ先も分からないままに、「なにをです」と聞いてしまった。
「だから、ビデオに採ろうと思って、ダビングを」
「はあ?」
声が上ずった。
「例の、五万円に」

118 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 22:16:06 ID:vbLvaS0Q0
唖然とした。
いや、今日あるって知らなくてさ、慌ててCM中にソッコーでその辺のビデオつっこんで録画したんだけど。……やっちまったよ。
そんなことを言いながら力なく笑う師匠を前に、俺は恐怖心も吹っ飛んでいた。
時計を見ると十一時を大きく過ぎている。
師匠がデッキに手を伸ばし、少し巻き戻したあと再生ボタンを押すと銭形警部が「ルパンめ、まんまと盗みおって」という、聞いているこっちが恥ずかしくなるような前フリをクラリス姫にパスするところだった。
そのままエンディングを迎え、ノスタルジーを感じさせる曲が流れて幕が下りる。そして砂嵐。
その砂嵐もすぐにガツンという音とともに終わった。
「三倍モードにするのも忘れてたんだ」
泣きそうな声色をしながら、師匠は「五万が……」と呟いた。
俺は蝋燭が消えたように感じたあの瞬間の正体が分かり、力が抜けた。今度は心地よい脱力だった。
こんなことで良かったんだ。
次から次へと笑いがこみ上げてきた。俺は手がかりを求めて現地の駅まで行ったというのに。
師匠が恨みがましい目でこっちを見ている。
間抜けにもほどがある。
「あまりにも散らかしてるからですよ」と偉そうに注意する。「しかも今さらカリ城ですか。散々見てるでしょう。セリフを覚えてるくらい」
言いながらハッとする。
そうだ。

この怖い話にコメントする

「ビデオ」と関連する話(師匠シリーズ)

ビデオ