師匠シリーズ
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668 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 01:12:02 ID:3TBJnZvS0

もう一度巻き戻して同じシーンを通常再生で見てみると、すべてはあまりに一瞬の出来事だったので、初見で見逃しても無理はないということが分かった。
仮面の男も、カメラを持っているもう一人の仲間も電車が通り過ぎてから女性が悲鳴を上げるまで、誰かが線路に落ちたことに気づいていない。
電車通過中のホームの様子からしても、誰も気づかなかったのは確かなようだ。
自殺だろうか。映像を見る限り、周囲に誰かいたようにはない。事故や、誰かに突き落とされたのではないとすると、やはり自殺か、あるいは立ちくらみや発作で転倒したのか。
何度か繰り返して再生していると、すっかり自分が冷静になっていることに気づく。それもそうだろう。人身事故の瞬間が映ったビデオテープとはいえ、人体が破壊される場面が映っている訳ではない。間接的に、事故があったと分かるだけだ。
それでも気味が悪いのには違いないが、世の中にはそういうグロいシーンがバッチリ映った悪趣味なビデオがあると聞く。そんなものに比べると物足りないのは確かだ。
五万円。
そんな単語が頭に浮かび、ついで七千円という単語も浮かんだ。
そして何の気なしに後ろを振り向いた。
その時、その夜で一番血の気が引く瞬間がやってきた。
布団に入っていたはずの師匠が俺の背後にいて、片膝を立てた姿勢で前を凝視していたのだ。その目は炯炯と輝いている。顔にはうっすらと微笑が浮かんでいる。
視線はビデオの画面に向いていて、その身体はすぐそこにいるのに、同時に遥か遠くにいるような感じがして声を掛けるのも躊躇われた。
固まったように動けない俺に、ふいに師匠は力を抜くように笑い掛けた。
「面白いな」

672 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 01:16:28 ID:3TBJnZvS0

「面白くは、ないでしょう」
ようやくそれだけを返した俺は、画面に目を戻す。
砂嵐になっていた。
師匠が手を伸ばし、再生したまま早送りをする。キュルキュルとノイズが形を変えるけれど、画面はいつまでも砂嵐のままだった。やがてガツンとテープが止まり、自動的に停止状態での巻き戻しが始まった。
そうか、二つ目があったのだから三つ目の映像の有無を確認する必要があったのだ。
「死んだと思うか」
師匠が誰に聞くともなしに呟く。あのコートの人物のことだろう。
「たぶん」
轢死体ってやつだ。もしカメラが駅員に止められず線路を撮影していたら、と思うとゾッとする。
「あのオッサンが回してきたブツだ。それだけじゃないな」
師匠はニヤリと笑うと、「じっくり調べてみることにするけど、とりあえずもう寝る」と言って、また布団に横たわった。
俺はそれが大枚をはたいた負け惜しみのように聞こえて、なんだか残念な気分になった。納得いかない顔でテレビの前に座っている俺に、背中を向けたままの師匠がボソッと言葉を投げてよこす。
「ビデオの中は夏だ」
一瞬なんのことか分からなかったが、そう言われると仮面の男のシャツや向かいのホームの人々の服装を見る限り、暑い季節であることは確かなようだ。
そうして、わずかなタイムラグの後にようやく師匠の言わんとしたことに思い至る。
コートの人物は、まるでそこだけ異なる季節の中にいるかのような格好をしているのだ。
675 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 01:19:53 ID:3TBJnZvS0

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