師匠シリーズ
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85 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 21:19:24 ID:vbLvaS0Q0
気のせいだったようだ。そんなものはどこにもない。そもそも、今は夏なのだ。全身を覆うようなコートなど、まともな人間が着ているはずはない。
複雑な気持ちでベンチに腰掛ける。俺はなにか起こって欲しいのだろうか。だいたい、ここにはなにをしに来たのか。
うつむき加減の目の前を、様々な形の靴が通り過ぎる。家に帰るのだろうか。誰も彼も足早に見える。
ふと、以前師匠とやったゲームを思い出す。雑踏の中で、無数の通行人の足だけを見る役と、顔だけを見る役を決めて、それぞれ別々に通った人を数えるのだ。
通路のようなある程度狭い場所でやっても不思議なことに計数した数字が異なることがある。単なる数え間違いのはずなのに、なんだか薄気味の悪い思いをしたものだ。
それから俺はベンチから腰を上げて駅の中を歩き回り、勇気を出して駅員にサトウイチロウの噂のことを聞いたりした。
けれどその配属されて一年目だという若い駅員は、その噂を知らなかった。それどころか五年前の事故のことも知らなかった。今いる先輩もここ三、四年でやってきた人ばかりだという。
当時の駅員が今どこにいるか知りませんか、と聞いてみたが「さあ」とめんどくさそうな答えが返ってくるだけだった。
その事故の時、死体を片付けた人の話を聞けばなにか分かるかも知れないと思ったのだが、簡単にはいかないようだ。
(サトウイチロウを片付けたら呪われる)
吉田さんはその死体処理をした数日後に、自家用車の事故で指を三本失う大怪我を負った。だが、「自分はまだいい」と語る。なぜなら、一緒に肉片を集めた先輩の駅員は、その一ヵ月後に自宅の鴨居で首を吊って自殺したのだという。
全然そんなそぶりも見せなかったのにと、関係者はみんな首を捻ったけれど、吉田さんだけは思わず念仏を唱えた。
87 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 21:22:35 ID:vbLvaS0Q0
無関係なはずはない。
そう思ったのだという。
「片付けたら、呪われる」
ホームの隅のベンチに腰掛け、サイダーの蓋を開けながら口にしてみる。頭の隅にある引っ掛かりの一つが、そこだった。
片付けたら呪われる。あのビデオが寺に持ち込まれた理由がそこにあるのか。
いや、違う。
何故なら、ビデオを撮影していた二人は死体に触れられなかったはずなのだ。カメラを持って線路に近づこうとした時点で駅員に制止されている。そこから制止を振り切って線路に降り、死体を片付けるなんてことが出来たとは思えないし、そんなことをする理由もない。
では、なぜビデオは寺に持ち込まれることになったのか。
考える。
死体を片付けていないのに呪いを受けたというのか。なぜ。
ビデオに撮影したからか。それだけのことで?
いや、待て。何か忘れている。
ビデオでは、コートの人物が線路に落ちるまで誰もそちらを見ていない。まるでそこにいても目に入らないかのように。そして、特急列車が通り過ぎて轢死体が現れて初めて、騒ぎになったのだ。
そうだ。吉田さんも言った。誰も死ぬ瞬間を見ていないと。あれは、最初から最後まで死者だと。
だから俺も思ったのだ。誰も見ていないはずの死者が、立って動いている姿を自分たちは見た。それは、とても恐ろしいことではないかと。
同じなのかも知れない。
ビデオを撮影した二人も、その瞬間には気づいていない。けれど後で気づいただろう。家に帰り、テープを再生した時に。灰色のコートの人物が、ホームの端からふらりと線路に落ちる瞬間を。

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