師匠シリーズ
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119 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 22:18:30 ID:vbLvaS0Q0
師匠は何故か『カリオストロの城』が好きで、場面場面の細部まで覚えていた。自力で、冒頭の札びらシャワーの車の後部座席に五右衛門が乗っていることに気づいたというくらいなのだからかなり凄い。
その師匠が、今さらダビングを?
俺はもう一度師匠の顔を伺った。冷静に観察すると、落ち込んでいるというより憔悴し切っているように見える。
力なく笑うその顔が、やけに遠く感じたられた。

それから、俺の部屋で起こった出来事を説明すると師匠は興奮して車に飛び乗った。
俺も無理やり連れられてアパートに戻ると、ドアの外も部屋の中もまるで何ごともなかったような様子だった。
這いつくばってドアの下を見るが、何かが擦れたような跡すら残っていなかった。
「触媒だったというわけだ」
ビデオが。
そう言って師匠は腕組みをした。幻覚だ、とあっさり片付けられなかったことが妙に嬉しかった。
結局ビデオにまつわる事件はそれで終わりだった。なんだかあっけない気もしたが、駅に勤める多くの人の口をつぐませながら何十年も続いている奇怪な出来事がその全貌を現すなんてことは、そうそうあってはならないものなのだろう。
なにより、俺はもうこれ以上首を突っ込みたくなかった。何故なら、ビデオに残された情報が消えてしまうことで、沿線から遠く離れたこの街にあの恐ろしいものが影響力を及ぼす理由が無くなったというだけのことであり、現実にはなにも解決していないのだから。
それはこれからも起こるのだろう。
俺の知らない街の、知らない駅で、明日にも……

123 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 22:22:26 ID:vbLvaS0Q0
次のバイトの日、北村さんに「サトウイチロウどうだった」と聞かれたが、生返事をしただけではぐらかした。
「吉田さんは元気でしたけど、暇そうにしてましたよ」と言うと、「そうかぁ。ボクも今度会いに行こうかな」なんて、懐かしそうに眼鏡をずり上げていた。
その数日後に会った時、師匠はこう言った。
「仮定の話だ。真相は分かりっこないからね。そう思って聞いてくれ。……サトウイチロウが出没したのは特急列車が通過した時ばかりだったな」
特急列車に飛び込み自殺があると、清掃や車体の破損チェックのあと運行再開までの時間が長くなった時には影響を受けた乗客に対し特急料金の払い戻しをするケースもあるそうだ。
その払い戻しの額次第では、残された遺族に対して損害賠償請求が行われても、とても払えないような莫大な数字が上がってくることがあるのだとか。確かにそんなことを聞いたことがある気がする。
実際に、そういう払える見込みのない訴えがあるのかどうかはともかくとして、そんな可能性があると、一般人に思われていることが重要なのだ。
その通念は、官報に載った行旅死亡人の引き受け人探しにも暗い影を落とす。
たとえ本人に身寄りがあり、遺族がその情報に気づいたとしても、そうした通念が、イメージがある限り、おいそれとは手を上げられなくなってしまう。
そして引き取り手も現れないまま、ひっそりと忘れ去られるように消えて行く死者たち。
そんな忘れ去られて行く者の残した思いが、まるで再現するように奇怪な事故を繰り返すのではないか。
「今度こそ、家族が名乗り出てくれる。そう思ってね」
師匠のその言葉に、俺はしかし釈然としなかった。
「だったらなんで、呪いなんて掛けるんです」
「知らない」

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