師匠シリーズ
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914 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/14(土) 23:02:22 ID:0JItplbL0
どうぞどうぞと手を広げて勧めると、それじゃ遠慮なく、と棚から持ってきたコップを脇に置き、栓を開けようとした。不器用な手つきでなかなか開けられないのを見て、こちらでやってあげる。
こう暑いと、燗なんてしてられないねぇ、などと言いながら吉田さんはぐいぐいコップを傾けはじめる。
俺はようやくここにきた理由を思い出し、目の前の禿げ上がった頭に赤みが差してくるのを見計らって、本題をそっと切り出した。
「サトウイチロウ?」
吉田さんは一瞬、怪訝そうな顔をしたあと、すぐに口をへの字に結ぶ。
「懐かしい名前だねぇ」
言葉とは裏腹に表情はちっとも懐かしそうではない。恐れを呑んだような、強張った顔だった。
そしてポツリポツリと過去を掘り起こすように語りだす。

昔、吉田さんが駅員になって十年ほどしか経っていない、まだ若いころの話だ。県外のある駅に転勤して間もないころ、その駅の助役から茶飲み話の中で、奇妙な噂を聞かされた。
曰く、「サトウイチロウの死体を片付けると呪われる」と。
ははぁ、サトウイチロウというのは、鉄道事故で死んだ身元不明者を表す隠語だなと、彼はあたりをつけた。
ところが助役はかぶりを振るのである。
ただの無縁マグロじゃねぇ。サトウイチロウはそういう名前のマグロだと。
吉田さんは首を捻った。過去にそういう名前の轢死体が出たとして、それがどうだと言うんだろう。エジプトのミイラの呪いのように、その死体を処理した人間になにかおかしなことが立て続いたのだろうか。
けれどそれにしても噂から受ける感じが変である。まるでその死体を、これから片付けるようではないか。
916 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/14(土) 23:08:45 ID:0JItplbL0
助役はニタリと笑ってから、続けた。
「何度も死ぬのさぁ。サトウイチロウは。片付けても片付けても、おんなじ格好で駅に現れてさ、また飛び込みやがるのよ。何度も、何度も」
ゾクリとして、吉田さんは湯飲みを取り落とした。

そこまで聞いて、俺は思わず話を遮った。
「待って下さい。サトウイチロウって、そういう事故死した人の総称じゃないんですか」
吉田さんは話の腰を折られたことに鼻を鳴らしながら、違うよと言った。
「同じ人間なんだよ。サトウイチロウって名前の。そいつが何度も死ぬんだ。列車に飛び込んで。オレたち駅員が片付けて、警察が来て、身元不明だって言って引き取って行って、それで何年か経ったら、またフラッと別の駅に現れるんだよ。
いや、誰も生きて動いている所を見ちゃいない。ただ、列車に轢かれているのを発見されるんだ」
北村さんの話と違う。同じ人間だって? そんなことがあるはずがない。
「じゃあ、死体を誰かが投げ込んでるんですか」
「違うね。生体反応ってのがあるんだろ。事故なのか自殺なのかも不明で、目撃者もいない変死体だから、解剖されるはずだ。死体損壊事件だったなんて聞いたことがないね。少なくともオレのときは……」
そこで吉田さんは言葉を切った。
ドキドキしてくる。邪魔しないというジェスチャーをして、先を促した。

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