師匠シリーズ
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938 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/15(日) 00:02:14 ID:Qzrou5dq0
思わず立ち上がった。
何度も死ぬ。サトウイチロウは何度も死ぬ。
昭和期から続く正体不明の蘇る死者が、目の前に広げた古びた紙の中に確かにいた。目立たない小さな活字となって。
俺は得体の知れない感情に震える。いるんだ。こんなものが本当に。
恐れとも達成感ともつかない興奮状態に陥った俺は夢中で官報を捲り続け、昼の三時を回るころにはサトウイチロウの名前を四つ発見していた。
昨日のと合わせて五つ。微妙なものも合わせるともう少し増えそうだし、見落としたものもあるかも知れない。
昭和三十年代も前半に来て、まったくそれらしいものが見当たらなくなったので作業を終えることにした。
最も古いサトウイチロウは昭和三十七年十二月。越山駅という前原駅から数えて西へ六つ目の駅で、地図で見る限り、かなりの田舎町にあると思われる。そこで夜八時ごろ、特急列車に轢かれているのを発見された。
コート姿で、顔は帽子とマスクで覆い、手には手袋そして所持品の中にサトウイチロウの名前入りの財布。
まるでビデオで巻き戻し再生をしたように、同じ状況が繰り返されている。
本当に同じ人物なのかも知れない。そんな不気味な想像が沸いてくるのを止められなかった。
俺は図書館を出て師匠の家へ向かった。腹が減っているのもすっかり忘れて。
到着し、ドアをノックすると「開いてるよ」といらえがある。
「知ってます」と言いながら上がりこむ。師匠はドアに鍵を掛けないので、いつもながらバカバカしい儀式だと思うが、以前ノックせずに開けると中がたいへんな状況だったことがあり、それ以来一応儀礼的に声を掛けるようにしているのだった。
もっとも見られた本人はいたって平然としてはいたが。
「で、どうだった」
俺は今日の戦果を広げて見せた。官報を書き写したノートだ。師匠は黙ってそれを読み始める。

939 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/15(日) 00:08:20 ID:0JItplbL0
「ふん。なるほど。同じだな」
「どうしてそんなに落ち着いてられるんです。凄いことですよこれは」
身を乗り出した俺を制するように手を広げた師匠は、ノートを手に取って頭を掻いた。
「ここ……、昭和四十五年のやつ。これ、サトウイチロウって文字が出てこないけど、わざわざメモってあるのは」
「ええ、吉田さんが遭遇した事件だからです。年代も駅名も合ってますから、間違いないはずです。どうして名前が出てこないのか分かりませんが。他にも、名前が出てこないけどそれっぽいのがいくつかあります」
「まあ、それはそれとして。てことは、ここ、『列車に轢かれて』としか書いてないけど、吉田さんの記憶によればこれは特急の通過列車のはずだな」
なにが言いたいのか分からなかったが、頷いた。
ふんふんと師匠はしきりに納得しながらノートを持ったまま立ち上がり、部屋の中を歩き回り始めた。
「どうして誰も気づかないんだろう」
考えながら、俺は独り言のように口にした。同じ人物が何度も死ぬなんて不可解な事件なのだ。警察だって調査してるはずなのに。
「実はな、昨日第一報を聞いてからちょっと気になって調べてみたんだが、前原駅とその両隣の駅では警察の所轄が違うんだよ。ええと、どれだっけ、これか。
俺たちがビデオで見た前原駅の事件のイッコ前、高遠駅の事件。この二つは距離的には近いけど年数もかなり離れているし所轄が違うんだ。関連性には気づきにくいだろうな。
高遠駅の方はサトウイチロウの文字が出ていない。実際は財布に書かれていたのかも知れないが、身元を表すものとしては重要視されていなかったのは間違いない。
警察としても二つの事件を絡めて考え、同一人物の可能性があるなんてバカなことは思っていなかったはずだ」
「でも、この官報の記事を書くのは警察じゃないですよ」
「あ。おっと、そうか。自治体だったな。すまん」
師匠は立ち止まって自分の頭を叩く。
その時俺は重要なことを思いついた。
942 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/15(日) 00:12:39 ID:Qzrou5dq0
「待って下さい。遺骨は自治体が保管するっていうのがテンプレートになってますが、遺品はどうなんです。コートは。マスクは、帽子は。ネーム入りの財布は」
「ん。書いてないか。ないな。でも確か、遺品も自治体が保管するって聞いたことがあるよ。最初そう言ったろ。ひょっとすると火葬のとき一緒に焼くこともあるかも知れないけど。
いや、でも本人確認のための証拠品だからな、官報を見て問い合わせがあった時にないとまずいだろう」
「じゃあ、そのネーム入り財布は自治体の金庫だかどこだかにあるはずなんですよね」
「そういうことになるね」
もし、サトウイチロウが同一人物で、死んだ後再びこの世に戻って来るのだとすると、所持品はどうなる? 金庫の底で眠っているものを、もう一度その手に取るのだろうか。俺と師匠は手分けして、ノートに出てくる市町村役場に電話をした。
「あの、古い官報を見たんですが、そちらが遺骨を保管されている人が、もしかして自分の身内かも知れないと思いまして……」
そんな嘘を並べて情報を聞き出し、こちらの連絡先を、という話になるといきなり電話を切るという実に迷惑な戦法で俺たちは気になる部分を調べ上げた。
小一時間経って分かったこと。
1.役所は引継ぎが下手
2.公務員はめんどくさがり
この二点だ。
とにかく、前の担当から行旅死亡人の仕事をまともに引き継いでいない。それが三代前四代前と、古くなって行くにつれ何がどこにあるのかさっぱりだ。
「遺品ですか。古い倉庫のどこかにあると思いますが、なにぶん昔の話で……」って、そんなセリフは聞き飽きたから。いいから探せよ、と言いたくなるが「調べて折り返し電話しますからそちらの連絡先を……」ガチャン。
連絡先を知られるのはまずい。なにせ身内なんて嘘だからだ。確かめてみたら間違いでした、っていうのでも問題ないとは思うが、こういう嘘で乗り切るのは苦手だった。

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