洒落怖
電車にて

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290 電車にて 13 sage 2011/09/20(火) 03:12:17.30 ID:MpJsRaLP0
今でも強く思いだすのは、この時の俺は只管頭の中で馬鹿みたいなくっだらない妄想とかを繰り広げていたことだ。
明るく、明るく、前向きに、その感情のためならなんだって想像した。
お決まりの奥さん助けてゴールイーンなんてものじゃない。
俺は昔セザールの宣伝が大好きだったので、そういえば自己紹介まだだし、うまくおわったら、セザールって答えてやろうとか思ってた。
そんくらい必死になっていた。まあ、その甲斐も全くなかったんだけどな。

「…実は、私にも、見えるんです」
「え?」
「あの人が、交通事故で運ばれた日に、病院にかけつけたら。見えたんです」
「…はっきり、言ってもらえませんか。どんなものが、見えたんですか」
「黒っぽい靄のようなものです。それから、時々…。
……まあちゃんは、突然体調を崩して、お医者様も原因がわからないといっているうちに、すごく咳き込んで、苦しんで。
そういえば、その時も、病室が靄に包まれていたような気がします」
まあちゃんというのが赤ちゃんの渾名だと理解する。
咳き込んでというところに、俺が感じた息苦しさを思い出させられた。
「ご迷惑だと、思って、本当は挨拶だけにしようと…すみません」
「いいえ。縋りたくなる気持ちは、わかります」
「どう、すれば……」
「私は、霊能者ではないんです。すみません。見えてしまった不運なサラリーマンです」
「…そんな。では……」
黒い靄が、奥さんに群がるように見える。奥さんの体がぴくりと震えた。
「でも、本物の方にアドバイスは貰いました」
「え?」
「私にご主人に気をつけるようにと教えてくださった方です」
「うちのに、ですか」
「はい。私も漠然とですが、この黒い靄が、あの人を恨んでいるのを感じていました」
「……表裏の激しい人だと、結婚して割と早くに気づいていました」
「失礼ですが、女性関係も相当…乱れていたのでは?」
「遅く帰る事も…」
「詮索でした。許してください。その先はいわなくてもいいです。
アドバイスですが、明るくいこう、です」

293 電車にて 14 sage 2011/09/20(火) 03:21:06.54 ID:MpJsRaLP0
「明るく? そんな、主人が意味深な死に方をして、まあちゃんもいなくなって」
ここでふと直感的に間違っていた事に気がついた。
彼女はすでに生きる希望を失っている。遠からずあの黒い靄に取り殺されるように思えた。
本当に良いんだろうか。悩んだ末に口を開いた。まとわりつく黒い靄が見える。
「まあちゃんは、生きて、今も、あなたを守ってます」
「え?」
「私がさっき泣いたのは、あなたの胸にすがる赤ちゃんが、気づいてもらえず、抱いてもらえず、呼んでもらえない悲しみに…
でも、今、私の目には、黒い靄に叩かれて、蹴られて、それでも奥さんの胸にすがりついている光景が見えるんです。
この子が、健在なうちは、奥さん、大丈夫です。彼は、ママが大好きなあなたの守護霊なんですよ」

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