洒落怖
押入れの姉

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姉がゆっくりと上体だけ起こし、ブラウスの袖で目元をこすりながら「よく寝たあ」と言って、出ようとするあくび
をかみ殺していました。

事態を飲み込めない僕は思わず、どうしてこんなところで寝ているのかと姉に詰め寄りました。

「う~ん……ひんやりして気持ちよさそうだったから?」

呆れる僕の前で、「それに未来のお姉ちゃん型ロボットみたいで可愛いでしょ?」と猫のようなポーズを取って見せた。
体中の力が抜けてしまうと同時に、えもいわれぬ安堵感に襲われました。

「ちょっと顔洗いに行ってくるね。そしたらご飯にしようか」

何事もなかったかのようにバスルームに向かう姉を見送って、僕は電話機を調べました。
当時から留守番が多かった僕は、リダイヤル履歴の表示方法を知っていたのです。
もっとも新しい履歴は、おとといの父の携帯への発信でした。

やはり夢だったのだ。
どこから夢だったのかはさておき、とにかくあの異常な出来事はすべて虚構だったのです。
考えてみれば当たり前のことで、そのほうがずっと自然でした。
僕は大きくため息をつき、ソファにぽすんと身を横たえました。

923 「押入れの姉」orz sage 2010/09/09(木) 17:35:07 ID:KzzABe100
「待っててね。すぐお夕飯つくるから」

台所ではノースリーブのシャツとデニム製のショートパンツに着替えた姉が、夕食の準備に取り掛かっていました。
父母の帰りが遅いときは、いつも出前か姉の手料理だったので、僕にとっては日常の光景でした。

包丁のリズミカルな音に混じって、ときおり機嫌の良さそうな鼻歌がきこえてきます。
今晩のおかずを夢想しながら姉の後姿をなんとなく眺めていたとき、僕はふと感じた疑問を口にして
しまいました。

『お姉ちゃん、いつから髪を結っていたの?』

その瞬間、すべての音がやみました。

姉は包丁を持ったまま手を止め、振りかえろうともしません。

小気味よく左右に揺れていたポニーテールも動きを止めました。
しかし、僕が一度見た押入れの中の姉は、髪など結っていませんでした

理性ではなく本能で、問うべきではなかったと悔やみました。
数秒前に戻ってなにも言わずにテーブルの上を拭いて食器を並べ、姉に褒めてもらっていればよかったと、
心底後悔しました。

身動きできない僕に、姉は独り言のように、

「……やっぱり、男の子は髪をおろしたほうが好きなのかな……?」

その声には、なぜかわずかな哀調がこもっているようでした。
僕はかすれた声で、しかしはっきりと、

『お姉ちゃんなら、どんな髪型もきっと似合うよ』

本心を告げました。

924 「押入れの姉」orz sage 2010/09/09(木) 17:36:31 ID:KzzABe100
姉は顔の半分だけをこちらに向けて、

「ありがと」

と笑ってくれました。

すると二人っきりの家の中に、再び音が戻ってきました。
僕はすかさず立ち上がり、皿やコップを食卓に並べはじめました。

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