洒落怖
押入れの姉

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そんなことならお安い御用です。
僕は受話器を取って番号をプッシュする姉の傍らに立ち、その手を握りました。
姉の手はひんやりとしてやわらかく、思わず力がこもってしまいます。

「……大丈夫、もう怖くないよ」

見上げると、姉はにっこりと笑っていました。
うれしくなって僕も笑みを返します。
やがて受話器の向こうから女性の澄んだ声が聞こえ、

「○○の者です。ええ、アレにつないでください」

このとき姉が自分をどう紹介したのか、どうしても思い出せません。
家族の苗字や地名ではなく、もっと別の、記号じみたことを言っていたように聞こえました。

『ぁ……やっ……れた』

しばらくして、さきほどの女性とは違う、しわがれて耳障りな声がわずかに聞こえてきました。

908 「押入れの姉」 sage 2010/09/09(木) 16:18:20 ID:KzzABe100
「どうもお久しぶりです。もっとも、アナタにとってはそうでもないかもしれませんが」
『な……で、……こん………も』
「なにをおっしゃっているのかよくわかりません。ああそうですか、気道がふさがれて
苦しいのですね。まあ、自業自得でしょうけど」
『いっ…………まま、こ………せ』

部屋がほとんど無音の状態だからといって、受話器から漏れ聞こえる声など微かなものでしかありません。
しかしそれでも二人の会話がどこか平穏ではないものだということは察知できました。
証拠に、姉の顔には先ほどと同様、小動物をいたぶるときの子供のような、冷酷な喜色が浮かんでいました。

それにしても相手の声は男女の判別すらできないほど荒れていて、まるで声というよりは
ノイズといったほうが適切でした。
僕は思わず(病気の人なの?)と、姉にしか聞こえないような声でささやいてみました。
その瞬間、

『そ………に……あ……る……!?』

淡々とした声の調子が、強いものに変わりました。
悪気はありませんでしたが、失礼なことを言ってしまったのかもしれないと思い、反射的に姉の手を強く
握ってしまいました。

「聞こえていますから、そんなに興奮しないでください。そちらの周りの方にも迷惑じゃありませんか。
弟も怖がっていますし。ねえ?」

姉から同意を求められ、僕はこくこくと首を縦に振った。

『………な…?……ど…お………の!…………い!……』
「ええ、弟ならずっとわたしと一緒です。いまだって手を握ってるんですよ。もう本当にかわいくて仕方ありません」
『…やく…………じゃ…!……も……あの………と……!…………………の!?……』

受話器の向こうから、なにやら詰問めいた口調が姉に浴びせかけられました。
それが心地よいのか、姉はどんどん相好を崩していきます。

909 「押入れの姉」 sage 2010/09/09(木) 16:19:37 ID:KzzABe100
唇の端を吊り上げ、目を細め、愉悦を隠そうともせずに笑っていました。
美しいことに変わりはないものの、まるで別人であるかのように、僕の目には映りました。

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