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『…ッ………なん………で…………ら………うッ……』
上機嫌の姉とは裏腹に、電話の相手からは泣きぶせむような声さえ聞こえてきました。
なにかを必死に哀願しているようです。
そしてとうとう、僕の耳にも一節が届きました。
『お…がい。せめ…こえだ…でもきか…て』
僕が言葉の意味を解する前に、
「黙れこの淫売」
姉が低い声でうなった。
「貴様のような犬猫にも劣る雌畜生が、売女の分際で生意気に人の言葉をしゃべるな」
『………』
「余計なことは考えずその掃き溜めで巣作りに専念していろ、この」
姉は何拍か息をためるようにして、
「化物が」
いかにも忌々しげに吐きすてた。
『…………え?』
『……ヒッ!?……』
『あ…あ…アアアアアアァ!!! ウァァァァァァァァ!!!』
921 「押入れの姉」orz sage 2010/09/09(木) 17:30:03 ID:KzzABe100
その言葉がスイッチであったかのように、今度こそ受話器を通して泣き叫ぶ声がはっきりと聞こえました。
いえ、それは叫びと呼べるものだったのかどうかさえわかりません。
人の慟哭にしてはあまりにおぞましかったのです。
「アッハハハハハハ! 化物め! バケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノ!」
姉が「ばけもの」と罵るたびに、相手はなおさら狂おしく身悶えているようでした。
声帯が千切れんばかりの絶叫に混じって、複数の人間の怒号や悲鳴、そしてけたたましい
鈴の音が響いてきました。
僕は度重なる異常な事態に、とうとう気が遠くなったようです。
こわばっていた体から力が抜け、ずるりと視界が傾き、僕は意識を失いました。
目を覚ますと、そこはしんと静まり返ったリビングでした。
数回のまばたきを経て、飛びのくようにしてソファから立ち上がり周囲を見回します。
すでに窓の向こうは漆黒の闇で、蛍光灯の白々とした明かりが部屋を照らしていました。
家族の気配もありません。
夢、だったのか。
そうであってほしい、という願いを、生々しい記憶の奔流が否定してきます。
慣れ親しんだ家なのにまるで別世界いるような不安感に耐えきれず、姉の名を叫ぼうとした
僕の目が、一点で静止しました。
押入れが、揺れた気がしたのです。
呼吸さえ止まりました。
あれが夢であるならば、こんなところに姉が寝ているわけはないのです。
922 「押入れの姉」orz sage 2010/09/09(木) 17:32:43 ID:KzzABe100
僕はおそるおそる押入れの前に立ち、ふすまに手をかけました。
怖がるな、誰もいるはずがない、と頭で繰り返します。
バンッ!
と、ふすまを勢いよく開けて、腰を抜かしました。
体を丸めた半身の状態で寝ているのは、見まごうことなき、僕の姉でした。
口をぱくぱくさせながら呆然としていると、姉が「ううん……」と身をよじらせたので、僕はビクリとなりました。