後味の悪い話
あだち充の短編

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・あだち充の短編(原作小説があるらしい)

雪の夜、バーで2人の男が飲んでいる。
一人は顔は男前だけど、身なりは汚らしく少し酔っている。以下A。
もう一人は大柄でおっとりした顔立ちで、身なりがいい。以下B。

AがBに「いい服ですね」と声をかけ「何の仕事をしているんですか?」と尋ねる。
「小さな会社を経営してます」とBは答え「このへんに住んでいるんですか?」とAに聞く。

「すぐ近くの汚いアパートですよ」とAは答え、自分がいかに惨めな人生を送ったかを語る。
仕事はまったくうまくいかず、妻には逃げられ借金漬けで、今も借金取りに追われているという。
その内容に「どうしてそんな話を私に」というBに、Aは「他人だから話せるんです」と悲しげに言う。
そしてAは、眩しくて楽しかった自分の子ども時代をBに語って聞かせた。

979 : 3 : 2012/05/01(火) 05:06:47.74 ID:SGrejIs80
Aは小さいころは田舎で暮らしていた。
勉強ができて強くて勇敢で、友人たちはAのことが大好きだったし、Aも友人たちのことが大好きだった。
けれどAは親の都合で、都会に引っ越さなくてはいけなくなった。
春、引っ越していくAに友人たちは「都会もんになんか負けるな」「がんばれ」とエールを送り、
Aはそれに「当たり前だ!」と答え、手紙を送るからと約束した。
けれど都会は田舎に比べてずっと勉強が進んでいた。
田舎では一番の成績だったのに、都会ではそれがまったく通用しなかった。
成績はひどいもので、「こんなことみんなに言えない」とAは手紙に「勉強なんて楽勝。都会もたいしたことない」と書いて送った。
最初は友人たちを心配させまいとしてついた嘘だった。
けれど手紙を書くたびに嘘を重ねてしまう。
学年で一番の成績、部活だって他のやつは相手にならない、有名な高校に入った、有名な大学に入った――
もう今さら「嘘だ」なんていえないところまできてしまった。
結局その後も、それらを「嘘だ」と言えないままに30年近く経ってしまった。
田舎にいる友人たちは、今でもずっと手紙の内容が真実だと思っている。

都会の暮らしに馴染めなかったAにとって、友人と呼べるような存在はその友人たちだけだった。

今度、その友人たちと数十年ぶりに会うのだとAは言う。
それを最後にして、ボロが出る前に彼らの前から行方をくらますつもりだと。
せめて友人たちの中でだけでもこの30年を立派に生きた人間でいたいんだとAは言う。

そしてAは最後に、友人たちの中でも一番チビだった少年のことを話す。
「同じ年なのにチビで泣き虫で、いつも俺を頼っていた。けど俺もあいつに頼られると何でもできるような気がしたんだ」
まるで弟のようだった。いつも自分のあとをついてきた。
「引っ越すとき、あいつと離れるのが一番辛かった」Aは懐かしげな、でもひどく寂しい目をして言った。

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