師匠シリーズ
四つの顔

この怖い話は約 3 分で読めます。

607 四つの顔  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/11(日) 23:25:12 ID:e4PX3/wx0
部屋を出るとき、上がり口に見覚えのある靴が置いてあるのに気がついた。山下さんがいつも履いている靴だった。
裸足で外へ? まさかな。
他の靴くらい持っているだろう。
変な考えを振り払い外へ出ると、すぐにドアの鍵を掛けられないことに思い至る。開いていたからといってそのままにして行くのはまずい気がして、どうしようか悩んでいると沢田さんがドアの側に置かれていた小さな鉢植えの下に手を入れる。
引っ張り出したのは鍵だった。
「内緒」
人差し指を唇に当てながら彼女はドアに鍵を掛け、また元の場所に戻した。
そう言えば、二人は付き合っているという噂があったことを思い出す。今さらだが、沢田さんがやけに山下さんを心配している理由が分かった。
途中まで沢田さんを送ってから自分の家に帰る間、自転車をこぎながらふと思ったことがある。
山下さんの体験の中で、帰宅直後に鍵をしたはずのドアが開いていて誰かの顔が覗いていたという部分。
その後近づくとドアが閉まって、ノブを見ると鍵が掛かったままだったという怪談じみた話だったが、実際ああしてドアの側に鍵を隠してあったのなら、それを知る人間には不可能なことではない。
一体山下さんの言うDとは、彼の脳が生み出す幻なのか。それとも彼の脳が被せる匿名の仮面を着けた生身の誰かなのか……
そんなことを考えながら家に帰り着き、軽くかいた汗を流すためにシャワーを浴びた。シャンプーをしている時、いつも以上に背中の方が気になった。目を閉じている間、後ろに誰かがいたら嫌だというあの感じ。
シャンプーが沁みるのを我慢してチラチラと薄目を開けながら早めに洗髪を切り上げる。
風呂場から出てしばらく布団の上でまったりしていたが、思いついてパソコンの電源を入れる。
ブラウザを立ち上げ、いつもの掲示板に入り込んだ途端、最新の書き込みに目を奪われた。
『またDがきた。出て行ったあとに取っ手を見たらまた鍵が掛かっていた』

610 四つの顔  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/11(日) 23:29:55 ID:e4PX3/wx0
山下さんだ。なんなんだこれは。
一瞬ゾクッとしたが、すぐにその書き込みの意味を理解する。
書き込まれたのは『Dが増えている』という山下さんの書き込みを見てから沢田さんと二人で彼の部屋へ行った後だ。
鍵を掛けて出ていったDとは俺たちのことに違いない。
なんの悪ふざけなんだこれは。
留守に見せかけてどこかに隠れていたのか。あれほど探し回ったのに。
気分が悪い。山下さんが何故そんなことをするのか、理由が思い浮かばなかった。怪談話を真に受けて乗ってきた俺たちにイタズラを仕掛けたということなのか。
『ワサダさんが連絡取りたがってましたよ』
ワサダとは沢田さんのハンドルネームだ。そう書き込んでしばらく待ってみたが反応はなかった。もう落ちていたのだろう。
バカらしくなってパソコンを切り布団に寝転がった。
まったく、心配して損した。
けれど眠りにつく少し前、さっきの書き込みのタイムスタンプがふと頭に浮かんだ。
あれ?
その時間って、俺たちがまだ部屋にいた時間じゃないか?
まさか。そんなはずはない。たぶん俺たちが部屋を出てすぐに書き込んだんだろう。隠れ場所から這い出てきて。ほくそ笑みながら。
そんなことを思いながら瞼を閉じた。

この怖い話にコメントする

「四つの顔」と関連する話(師匠シリーズ)

四つの顔