師匠シリーズ
四つの顔

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593 四つの顔  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/11(日) 23:02:56 ID:e4PX3/wx0
山下さんは急に明るい声を出して「次、つぎ。次の話に行こう」と囃し立てた。あまり深く語りたくないようだった。
そうしてまたいつものありがちな怪談話のループに戻って行ったが、どこか皆気が乗らない様子だったのは、すっきりしない四パターンの顔の話が妙に気になっていたからかも知れない。
俺も疲労時の山下さんの頭の中でDという共通の顔にまとめられる、なんだか分からない存在のことが心のどこかにずっとこびりついていた。
それからみんな酒が進みだんだんと無口になってきて、俺は気がつくとみかっちさんに揺さぶられていた。
寝てしまったらしい。
時計は十二時を回っていたというのに、みかっちさんとColoさんは「鏡占いに行こう」と言って俺を揺する。
とりあえず顔を洗わせて下さい、と立ち上がった時に部屋を見回したが山下さんと沢田さんはいなかった。
「疲れたからって、帰った」
みかっちさんはバカにしたような口調で酒臭い鼻息を部屋にまいた。

その日以降、オフに山下さんが現れることはなかった。
ネット上の掲示板でも書き込みがほとんど見られなくなっていた。
ある夜、ふと気になって山下さんが最後に書き込みをしたのはいつごろだろうと調べてみた。
それは五日ほど前だった。タイムスタンプから逆算すると、Coloさんの部屋であの話を聞いた時から二週間あまり経っている。
内容を見たとき、スクロールするマウスが止まった。
え?
嫌な感じが背中を走った。
こんな書き込みがあっただろうか。覚えていない。
『Dが増えている』
たったそれだけの一行レス。前後の他の仲間の会話と噛み合っていない。紛れ込んでいる、という表現がしっくりきた。

594 四つの顔  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/11(日) 23:06:21 ID:e4PX3/wx0
それより古いレスを見てみたが、そこから四日前に仲間の会話へ当たり障りのない合いの手を入れているだけだった。さらに遡ると、くだんのオフ会以前まで行ってしまう。
Dが増えている。
俺は黒を背景色にした掲示板を見ながら呟いた。
椅子が小さく軋む。
Dとはもちろん、あの山下さんが見るという四パターンの顔の一つだろう。
それも誰もいないはずの風呂場に立っていたり、鍵の掛っているはずのドアから覗いていたりといったありえない現れ方をする存在。
それが増えるとはいったいどういうことなのか。
Dは出現頻度としては少なかったはずだ。次に少ないというCと比較してもかなり少ないような印象だった。
それが増えるということは、AやB、もしくはCに見えていた人間が、いつのまにかDの顔に見えるようになったということだろうか。
俺は薄気味悪くなって首を回し、卓上鏡を横目に見た。
いつもの自分の顔が映っている。
これが山下さんには他の人間と区別のつかない、ある種の仮面的な顔に見えるというのか。
俺の顔はAのはずだった。
今もAだろうか。
自分の顔に変った所がないか、鏡に近づいてしげしげと眺める。心なしか目の周りがむくんで見えた。
伸びをして、瞼を手の平の腹で押す。
山下さんに見えている顔とは、どんな顔だろう?
誰でもあって誰でもない顔を想像してみたが、どうしたって知っている誰かに似ている気がした。

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