師匠シリーズ
四つの顔

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「四パターンの顔ねえ。それ面白いな。要は世の中の人みんなが四種類のお面のどれかを被ってるようなものか」
「しかも疲労のピークに入ったら体格とか服装まで区別がつかなくなるらしいです」
「てことは国民総着ぐるみ状態か」
大学の先輩でもあるオカルト道の師匠に会ったとき、たまたまその話をしてみるとやけに嬉しそうに食いついてきた。
「病んでるね、その人」
まあ普通ではない人だけれど、あなたに言われたくはないだろうと思う。

716 四つの顔  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/18(日) 22:20:12 ID:Zfjh8a480
ニヤニヤしながらひとしきり頷いた後で、師匠はぼそりと言った。
「Dは明らかにこの世のものじゃないね」
それは自分も思った。現れ方もそうだが、元々霊感の強い人なのだし。
「実際は三パターンと考えた方がいいかも知れない。大多数のA、次点のB、少数派のC。すべての人間がそのどれかに見えてしまう心の病気。
それに加えて、霊感で察知したこの世のものではない存在を、そのどれにも当てはまらない第四の姿で認識してしまうんだ。だとするならば、その山下さんの霊感はかなり強いね」
「どうしてです?」
「他の三パターンと質的に同じレベルで見えてしまってるからだ。多少見えてしまう人でも、たいていはそれはそれと分かる」
確かに俺も経験上、人間なのか霊なのか分からないものを見てしまうことはあったが、それでもほとんどのケースでは普通の人間と同じようには知覚していない。霊は霊だ。
「そういう、常に霊を視覚的に人間と同レベルに認識してしまう人はごく稀にいるみたい。それの極まったような物凄い例を知ってるけど、そんな人はまずまともに世間では暮らせないね」
「誰です。その人」
「アキちゃん」
知らない名前だった。まだその時は。
「まあともかく、その山下さんに見えているDが霊的なものだとしたら、それが増えているってのが気になるな」
そうだ。最初にその書き込みがあってから彼と誰もコミュニケーションをとれていない。少なくともフォーラムの仲間内では。
「単純にDを霊と置き換えると、目に見える霊が増えているってことか」
「霊感が上がってきてるってことですか」
「いや、とは限らないよ。そのまんま、実際に霊が増えているのかも」
あっさりと師匠は言う。
「彼の周囲で。それとも雑踏の見ず知らずの人々の群れの中で。あるいはテレビに映る無数の人間たちの中で……」
この人はまた嫌なことを言って俺を怖がらせようとしている。咄嗟に心の中の眉毛に唾をつける。

719 四つの顔  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/18(日) 22:22:48 ID:Zfjh8a480
「そもそもこの街に何人の人間がいるかなんて、誰も正確な数を把握していない。役所? 役所が把握しているのは形式上住所を置いている人の数だけだろう。特に大学生なんて住民票を移さずにこの街に住んでる代表格だ。その住民票がない人間だっている。
本当にこの街にいる人間の数を知りたかったら、時間を止めてひとりふたりと数えていくしかない」
その結果、少々人間の数が多すぎたところで。と師匠は続けた。
「本来誰も気づきはしない」
なにを言っているんだこの人は。
「まあ、それはさて置いて、その山下さんの見ているDが増えてきたってのは、どかかから湧いてきたというわけじゃなさそうだ」
「なぜです」
「またDがきた、っていう書き込みは部屋を訪ねた君らのことを言ってるように受け取れるけど、二人とも前のオフ会の時点ではAだったはず」
そうだ。本人がそう言っていた。
「ということはAに見えていたものがDに見えるようになったってことだよ」
「ちょっと待ってください。Dは霊的な存在じゃないんですか」
「自分でも知らないうちに、そうなってるんじゃない?」
指を向けられ、思わず目を反らす。でもそんなわけはない。
「おっ。否定するね。自分が死んでることを認めたがらない。典型的な霊体の症状です」
からかわれている。さすがにむかついてきた。
「まあそう怒るな。Dになった君が依然として霊的存在ではないとすると、初めからDは人間だったってことになるんじゃないか」
Dは人間。
それは俺も考えた。玄関のドアから覗く顔は植木鉢の下の鍵を使えば人間にも可能だ。
帰宅した山下さんが中から鍵を掛けたのを見計らって植木鉢の下から鍵を出し、ドアを開ける。気づいた山下さんが近づいてくる前にドアを閉じて、外から差したままの鍵を捻って施錠し、逃げる。一階の端部屋だったから、角を曲がれば上手く逃げ隠れできるだろう。
誰がなぜそんなことを、という疑問は残るが。
ただ風呂場に立つDは分からない。その風呂場はこの目で見たが、小さな窓はあったものの人間が出入りできるようなものではなかった。気づかれないように家宅侵入して、同じく気づかれないように出て行くなんてことができるだろうか。

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