師匠シリーズ
すまきの話

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これではさみ将棋、二連勝だ。歩くさん相手のゲームは何故か緊張する。
「もう一つ。もう一つ聞いてくれよ。千年前から建ってるドイツの古城の遺跡に盗賊団が侵入したんだ。手分けして探索してると、戻ってきた子分が言う。『あやしげな扉があったんですが、カギが掛かってやした』
 『バカ野郎。昔っから、カギを掛ける場所には大事なものがあるって相場が決まってんだ。死ぬ気でこじ開けてこい!』 飛び上がってもう一度探索に向かった子分が、しばらくしてまた手ぶらで戻ってくる。『トイレでした』」

925 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/20(土) 22:53:11 ID:sgJKT7Op0
「…………うふ」
「あ、笑った。笑ったよ。ねえ。これほどいてよ」
「……」
「無視すんなよ」
よおし、これで三連勝だ。歩くさんも案外たいしたことないな。
「実はさっきの小話の中に、一つ奇妙な部分がある」
簀巻きの声色がわずかに変わった。そちらを見もしないが、歩を持つ手がぴくりと止まる。
「カギを開けたら扉の向こうはトイレだったってオチだが、良く考えると千年前の城の廃墟にあったトイレなのに、どうしてカギが掛かったままだったんだろうね」
ささやくような声に、ゾクっとした。
最後に入った人は千年経ってもまだ出てきていないのだろうか。内からカギを掛けたままで。

埃くさくジメジメした石造りの城が、今にも目の前に現れそうな悪寒が目眩を伴ってやってくる。狭いアパートの室内の景色がゆらゆらと攪拌されていくようだ。
しまった。術中にはまる。
そう思って緊張した。
しかし次の瞬間、パリパリという乾いた音が聞こえ、現実感が蘇ってくる。
歩くさんが師匠の口元にポテチを差し出して、まるでエサのように食べさせていた。
ご褒美か。でもほどかないんだ。
その後も「ほどけほどけ」「おかしくれ」とうるさい師匠をほぼ無視したままで俺たちは夜更かしをした。

あんまりうるさいので、そろそろ勘弁してあげましょうかと提案すると、歩くさんは「ほどくと死ぬ」とだけボソっと言った。
死ぬのか。だったらほどけないな。主語が分からないのが恐すぎるけど。
歩くさんは、そう言っていいのか分からないが、予知能力のようなものを持っている。最初はカンが鋭い人だと思っていただけだったが、やがてそれがありえない精度を持っていることが分かって恐くなった。

927 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/20(土) 22:56:26 ID:sgJKT7Op0
彼女は予知夢のようなものを見る。そして起きた時にはそれを忘れている。ある時、ふいにそれを思い出す。これから起こることを思い出すのだ。それが警句となって、周囲にいる俺たちも危機を脱するということが何度かあった。

その彼女の言葉は時に、非常に重くなる。「ほどくと死ぬ」と言われたら、なんとしてもほどくわけにはいかない。それが冗談なのか、警告なのか全く分からなかったとしてもだ。
モジモジと蠕動運動を繰り返す師匠を見ながら、普段小馬鹿にされている恨みをこめて存分にコーラをあおった。旨すぎる!
二本目のコーラに手を掛けた時、急に部屋の中に目覚まし時計の音が響き渡った。
ドキッとしたが、すぐに歩くさんがスイッチを切り、時計は沈黙する。
針を見ると丑三つ時。どうしてこんな時間に目覚ましを掛けてるんだこの人は。最近よく深夜徘徊をしているらしいというのは知っていたが、目覚ましで起きてまですることなのか。
「ようじがあるんです」
と師匠が哀れを誘う口調で訴えたが、歩くさんに「どんなご用事?」と問われて上手く答えられずに「とにかくほどいてください」と懇願したが、あえなく却下された。
そうこうしていると、歩くさんが部屋のどこからかアルバムを見つけてきた。大学の入学アルバムだ。パラパラと捲っていると、知ったような顔が所々にあった。師匠の入学ははるか昔のはずなので、なんだか変だと思っていたら、どうやら今の四回生の入学時のものらしい。

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