師匠シリーズ
追跡

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  ぼくの町は随分閑散としてきた。
  あと何匹の人間もどきがいるのだろう。
  はやくぼくは一人になりたい。
  そうすれば誰もぼくの耳元に秘密の言葉をささやくことはないから。
  
これは短かったので全部読んだ。『人間もどき』という題がついている。いずれも気味の悪い話ばかりだ。こんな冊子を自分で作ろうなんて人間は、さぞかし根の暗い奴だろう。
俺は最後のページを開いて奥付を見た。
日付は2年前だ。発行者は「カヰ=ロアナーク」とある。
“ロアノーク島の怪”をもじっているらしいが、なるほど、趣味が分かりそうなものだ。

461 追跡  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/09/26(水) 20:24:41 ID:gAYKdkL30
こんなものを作りそうな先輩を思い浮かべようとして天井を見る。すると一人だけ浮かんだ。サークルにはほとんど顔を出さない女性で、たまに来たと思っても持参したノートパソコンでひたすら文章を打っている。何を書いているのかと思って覗こうとしても「エッチ」呼ばわりされて見せてくれない。なるほど、あの人かと思いながらもう一度パラパラとページをめくってみる。
『追跡』という表題作らしきものを冊子の中ほどに発見して手を止める。
サークルの部室で講義をサボってゴロゴロしていた男が、古い冊子を本棚に見つけて手に取るというシーンが冒頭だ。手に取ったその冊子の題は『追跡』。
おお。メタ構造になってるぞ。
そう思って読んでいたが。

  日付は2年前だ。

文章中のこの部分でぞわっと背筋を走るものがあった。題名の一致は良い。俺と状況が似た男が出てくるのもまあ、典型的ダメ学生を生産するサークルの体質からして偶然の範疇だろう。だが、奥付の日付が”2年前”というのは、一体どういう一致だろう。少しドキドキしながら読み進める。
小説はこのあと、失踪したサークルの先輩の足跡を、作中作の『追跡』に見出した主人公が、困惑しながらもそれを頼りに街へ捜索に出かけるという筋だ。
失踪したサークルの先輩とは誰なのか、詳しい描写はない。作中作である『追跡』
の具体的内容にも触れられていない。ただそれが失踪したサークルの先輩の行く先を啓示していると、なぜか主人公は知っている。
総じて説明不足で、まるで読者を意識していないような文章だ。全く面白くない。
全く面白くないからこそ、不気味だった。

462 追跡  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/09/26(水) 20:26:41 ID:gAYKdkL30
  心の準備が出来るまで次のページには行かないほうが良い。

そんな一文が、左ページのラストにある。それまでの展開とは関係なしに不自然な形で織り込まれている。
思わず手が止まる。主人公が最初に向かう先がどこなのか、次のページに行かないと分からない。心の準備ってなんだ? 
ページをめくる手が固まる。嫌な予感がする。
次の瞬間、部室のドアをノックする音が聞こえて、飛び上がるほど驚いた。
ドアを開けて滑り込むように入ってきたのは、まさしくこの冊子の作者と推測される女性だった。
どう考えても偶然ではない。
殻から半分出たカタツムリのような変な格好の俺とコタツを一瞥して彼女は、あの人を見なかったかと言う。あの人とは、彼女の恋人であり、俺のオカルト道の師匠でもあるサークルの先輩に他ならない。
ここには来ていないと答えると、「そう」と言い置いて立ち去ろうとする。俺は慌てて、持っている冊子を広げながらこれを書きましたかと聞いた。
一瞬目を見開いたあと、「思い出せない理由がわかった」と言ってこちらに戻ってきた。
彼女は、説明し難い不思議な力を持っている。それは、勘が鋭いという表現では生ぬるい、まるで予知能力とでも言うべき感性だった。それも、エドガー=ケイシーのように予知夢のようなものを見ているらしいのだが、目が覚めるとそれを忘れてしまっている。そして日常の中のふとした拍子にそれを思い出すのだとい
う。このことを端的に言い表すなら、”未来を思い出す”という奇妙な表現になってしまう。

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