師匠シリーズ
追跡

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492 追跡  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/09/26(水) 22:10:45 ID:gAYKdkL30
後ろ姿がさっきと同じ歩調で歩き去っていく。横を通り過ぎた一瞬に、向き直ったのだろうか。いや、そんな気配はなかった。
足を止める俺に、彼女がどうしたのと訊く。あれを、と震える指先で示すと、彼女は首を捻って、なに? と言う。
彼女には見えないらしい。
そして俺の視界からも後ろ姿はゆっくりと消えていった。闇の中へと。
『追跡』から読みとる限り、師匠の行く先とは関係がないようだ。あんなサラッと読み飛ばせそうな部分だったのに、俺の肝っ玉はすっかり縮み上がってしまった。
廃工場の黒々としたシルエットが目の前に現れた頃にはすっかり足が竦んで、ホントにこんなとこに師匠がいるのかと気弱になってしまっていた。
「で?工場についたけど」
崩れかけたブロック塀の内側に入り、彼女が振り向く。続きを読めと言っているのだ。
俺は震える手でペンライトをかざし、ページをめくる。

  呼びかけに答える声を頼りに、奥へと進む。

そのまま読み進め、心の準備云々の一文が無かったので続けてページをめくる。
本当にこれで師匠を見つけられるのだろうか。
俺は恐る恐る工場の敷地に入って行き、師匠の名前を叫んだ。
トタンの波板が風にたわむ音に紛れて、微かな応えが聞こえた気がする。空っぽの倉庫をいくつか通り過ぎ、敷地の隅にあったプレハブの前に立つ。
ペンライトのわずかな明かりに照らされて、スプレーやペンキの落書きだらけの外装が浮かび上がる。その全面に蔦がからみついて、廃棄された物悲しい風情を
醸し出している。

493 追跡  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/09/26(水) 22:13:05 ID:gAYKdkL30
小声で、もう一度呼んでみる。
その瞬間、中からガタンという何か金属製のものが倒れる音がして、「ここだ」
という弱々しい声が続く。
蹴られた跡なのか、誰かの足跡だらけの入り口のドアは、すぐ見つかったが、ドアノブを捻ってみてもやはり鍵が掛かっている。
「無駄だ。あいつら何故か合鍵持ってるんだ」という中からの声に、「裏の窓から入ればいいんでしょう」と答えると、師匠は少し押し黙ったあと彼女がいるのかと訊いた。
その通りだと答えたあとで、俺はプレハブの裏に回る。
かなり高い位置に窓はあったが、壁に立てかけられた廃材をなんとか利用してよじ登る。割るまでもなく、すでにガラスなど残ってはいない窓から体を滑り込ませる。中は暗い。何も見えない。口にくわえたペンライトを下に向けると、なんとか足場はありそうだ。錆付いたなにかの骨組みを伝って、下に降りる。
ここだという声に、踏み場もないほどプラスティックやら鋼材やらで散らかった足元に気をつけながら進み、ようやく師匠らしき人影を発見した。
鉄製の柱を抱くように座り込んでいる。
よく見ると、その手には手錠が掛けられている。自分の手と手錠とで柱を巻くような輪っかを作ることで、自由を奪われているのだ。
顔をライトで照らすと、「眩しい」と言ってすぐに逸らしたが、かなり憔悴していることは分かった。そして殴られたような顔の腫れにも気付いた。
「ツルハシみたいのがあるはずです」と言うと、師匠は少し考えるように頭を振ったあと、「あの辺にあったかな」と部屋の隅を顎で指した。暗くてよく見えないので、半ば手探りで探す。錆びてささくれ立った金属片が指に傷をつける。俺はかまわずに進み、ようやく目的のものを発見した。

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