師匠シリーズ
引き出し

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143 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:08:52 ID:vbLvaS0Q0
その不思議な色の瞳を見ていて、ふいに思い出す単語があった。
『緑の目の令嬢』
なんだっけこれは。頭の中で数回繰り返す。みどりのめのれいじょう。
そうだ思い出した。モーリス・ルブランの小説、ルパンシリーズの一編だ。
怪盗アルセーヌ・ルパンが緑の目の少女に出会い、彼女の受け継ぐ莫大な遺産をめぐる事件に関わっていく話で、確か湖の底に隠された古代ローマの遺跡なんかが出てきた記憶がある。
そう言えば昔読んだ時には、頭の中で勝手に緑の目の少女のビジュアルに孫の方の『カリオストロの城』に出てくるヒロイン、クラリス姫を嵌め込んでいた。
その少女は、名前を何といっただろう。忘れてしまった。結構好きだったのに。
カレーをスプーンで掬い、スープのように啜ることしばし。
思い出した。
「オーレリーか」
ボソリと口をついて出てしまった。
音響がそれを聞いて、驚いた顔をする。
「どうして知ってるの」
その驚き様にこっちの方が驚く。
「俺がルパン読んでちゃ悪いのか」
「別に悪くはないけど」
なんなんだ、こいつ。ドラえもんの大長編は見てないくせに、ルパンシリーズは読んでるのか。確かに、別に悪くはないが。なんだか釈然としない感じだけが残った。
「で、なにがあった」
食べ終わって、水に手を伸ばす。音響が瑠璃を肘で小突く。瑠璃が音響の耳元に唇をよせてボソボソと話す。やがて音響がこちらを向く。
「瑠璃ちゃんは低血圧なのよ。で、朝起きた時にしばらく動けないんだって。その目が覚めてボーっとしてる時に、部屋で変なことが起きるんだって」
また続きを音響に耳打ちする。

145 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:11:58 ID:vbLvaS0Q0
「瑠璃ちゃんのベッドのそばに小さいタンスがあって、中に下着とか小物とかが入ってるんだけど、その引き出しのひとつが開いてるのね。夜寝る前には全部閉まってたはずなのに」
この「初対面の人には声を聞かせません」とでもいいたげなキャラ作りに、だんだんと苛立ってきた。格好といい、自分が普通じゃないことをそんなにアピールしたいのか。
俺の苛立ちを気にもせず、音響の通訳は続く。俺はどっちの顔を見ながら聞いていればいいのか迷いながら、交互に視線を向けた。
「あれっ? 変だなって思ってると、その開いた引き出しから何かがチラッと動くのが見えて、そこに意識を集中しているとゆっくりじわじわ、なにか白いものが中から出てくるのよ。
すぐに人間の手だってことはわかるんだけど、もちろん誰かが中に隠れちゃえるような引き出しじゃないし、指が見えて・手のひらが見えて・手首が見えて・腕が見えて・肘が無くて・ズルズルありえないくらい伸びて。でも動けなくて。目が逸らせなくて。怖くて。
それからその手が何かを掴んでまたズルズル引き出しに戻っていって、ズルって全部隠れて見えなくなったらやっと起きられるの」
デジャヴを感じた。
何故だろう。ゾクゾクした。この話は、まるで金縛中に起きるバッドトリップのようだ。もしくはただの夢か。
「それ、起きられるようになるまでは、ほんとに動けないのか? それから起きられるようになるのって、急に? そこで、開けてたはずの目が、もう一度開いたような感覚がない?」
音響が通訳する。動けないというよりは、動きたくないって感じの十倍濃縮版。起きるのは急に。そんな感覚ない。
「動きたくない」という感覚は、金縛りのパターンからは外れるようだ。金縛りはたいていの場合「動きたい」はずだ。それに入眠時幻覚の類にしても、朝の目覚めの時におこるというのはよくわからない。そんなこともあるのだろうか。覚醒時幻覚とでもいうのか?

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