師匠シリーズ
引き出し

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157 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:33:58 ID:vbLvaS0Q0
分かっている、と俺が頷くと向き直り、そっとノブを引いていく。
視界にわずかな光が差す。部屋のカーテンの隙間から薄っすらとした朝日が漏れている。もうすぐ夜が明けてしまう。余計な時間を掛けたからだ。
そう思ったのも束の間、目の前に広がる室内の様子に唖然とする。
ダイニングとリビングを兼ねたような間取りのかなり広い部屋に、所狭しと家具や物が並べられている。
明らかに普段の生活上のものではない。部屋の真ん中や、居住空間を侵すような場所にそれらが置かれていたからだ。
散らかってるのとは違う。強いて言えば、引越しの最中のような印象だ。ただ、普段この部屋にあるらしい家具類はきちんとあるべき場所に収まっているように見える。
要するに、「多い」のだ。どこか別の場所から、余分な家具が運び込まれているのか。
ハッとした。
二日前のカレー屋で話したこと。
『その部屋から、ベッドと引き出し以外、全部外に出す』
却下されたはずの俺の提案を、彼女は俺たちが来るのに合わせて実践してしまったのか。
見ていてくれている人がいるからと、安心して。
嫌な予感がした。その無造作に置かれた家具たちを幾筋かの淡い光線が照らす。
音響が硬い表情で、俺のシャツを引っ張る。その指さす先には別の部屋に通じるドアがあった。
寝室か。
ゴクリと唾を飲み込む。
家具はこの向こうの部屋から持ち込まれたものに違いない。ということは、この向こうには……
音響が静かにドアを開けていく。
後に続く俺の目の前に、薄暗い室内が広がる。手前の部屋よりもカーテンが厚いのか。
159 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:39:50 ID:vbLvaS0Q0
それでも、そこには夜明けの空気が満ち始めていた。
ガランとした部屋。
異様な光景だった。
ベッドと、小さなタンスだけ。あとはなにもない。けっして狭くない室内が、さらに広く感じる。
そして、そのタンスの一番上の引き出しが開いている。
寒気がした。どこか遠くから耳鳴りが聞こえ、そしてフェードアウトしていくように消えていった。
ひっ、という息を飲む声がする。
音響が震える指で俺のシャツの裾を掴んでいる。
その視線の先に、ベッドの膨らみがある。その掛け布団の中から小さな顔が覗いている。
その顔はタンスの方を見ている。首を捻った格好で。
目が、開いている。
まるで自分の意思ではないように、周囲の筋肉が強張ったまま目が見開かれているようだった。
その目は、タンスの一番上、一つだけ飛び出た引き出しを凝視している。
異常な気配が部屋を包んでいる。
俺と音響の息遣いだけが聞こえる。
二日前の話を聞いた段階では夢の可能性が高いと思っていた。だが、現実には彼女の目は開いている。
ということは金縛りか。
だが……
今、この瞬間、ベッドと引き出しの間の空間に、俺の目には何も見えないその空間に、彼女は何かを見ているのだろうか。
161 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:42:20 ID:vbLvaS0Q0
部屋の入り口で動けないでいる俺たちの前に、ベッドの中で動けないでいる少女の、声にならない悲鳴が響いて来るような、そんな幻聴さえするようだ。
だが、何も。何も見えない。
見えないのに。
彼女の大きく開かれた目は、今、何を見ている?
悲鳴が上った。
脳天を直撃するショックがある。音響が頭を抱えて叫んでいる。恐怖心に耐え切れなくなったのか。
だが次の瞬間、俺の身体は無意識に反応した。
自分でもよく分からないことを喚きながらタンスに駆け寄り、引き出しを殴りつけるようにして閉める。
それに引きずられるように動いた音響が、少し遅れてベッドの上の少女に覆いかぶさる。
「起きて、起きて」
叫ぶように繰り返す。
俺は背後のタンスを気にしながら、その様子を見守る。
やがて硬直したように首を曲げて目を開いていた瑠璃が、ビクンと全身を震わせると小さく息を吐いた。
「起きた? 起きた?」
音響が掛け布団を剥ぎ取って、その肩を揺さぶる。
軽い痙攣のような震えがその顔に走った後、瑠璃は小さく頷いた。とりあえずは大丈夫のようだ。
俺は少し落ち着いてタンスの方を振り返る。
あの異様な気配はどこかへ行ってしまっていた。柔らかな木目調の、ただのありふれたタンスだ。
それでも身構えながら、そっと一番上の引き出しに手を掛ける。恐る恐る引いていくと中には、白い布が見えるばかりだった。暗くてよく見えないが、靴下の類のようだ。

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