師匠シリーズ
将棋

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913 将棋  4/8 ウニ 2006/02/22(水) 20:06:42 ID:CqBHiC0Y0
手紙が届かなくなったら、どんな思いをするだろう。
祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかとも考えた。それでもやはり悲しむに違いない。ならばいっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そうと、考えたのだそうだ。
宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていたので、師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだけでよかった。
応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。
「どちらが優勢ですか」
俺が問うと師匠は、複雑な表情でぽつりと言った。
「あと17手で詰む」
こちらの勝ちなのだそうだ。
2年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は最善手を指してくる。
華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに気づいてないはずはない。
それでも投了せずに続けているのは、この遊びが途中で投げ出していいような遊びではない、という証しの
ような気がして、胸がつまる思いがしたという。

914 将棋  5/8 ウニ 2006/02/22(水) 20:07:31 ID:CqBHiC0Y0
「これがその棋譜」
と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。
2六歩、3四歩、7六歩・・・
矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。
俺も将棋指しの端くれだ。
今でははっきり悪いとされ、指されなくなった手が迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような新しい手が指される。戦後、進歩を遂げた将棋の歴史を見ているような気がした。
7四歩突き、同銀、6七馬・・・
局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。
「ここで僕に代わり、2四銀とする」
師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。
次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。
難しい局面で俺にはさっぱりわからない。
「次の相手の1手が投了ではなく、これ以上無いほど最善で、そして助からない1手だったとき、僕は相手
のことを知りたいと思った」
祖父と半世紀にわたって、たった1局の将棋を指してきた友だちとは、どんな人だろう。

915 将棋  6/8 ウニ 2006/02/22(水) 20:08:19 ID:CqBHiC0Y0
思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。
不謹慎な怪談と、傍若無人な行動こそ師匠の人となりだったからだ。
経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っていることも忘れて・・・
「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」
俺が想像していたのは、80歳を過ぎた老人が古い家で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。
ところが、師匠は言うのである。
「もう死んでいた」
ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものがあった。
師匠が、相手のことを思って祖父の死を隠したように、相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。
いわば優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。
しかし師匠は首を振るのである。
「ちょっと違う」
少し、ドキドキした。

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