師匠シリーズ
天使

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701 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:31:38 ID:NrJoj9WI0

高野志穂が在籍しているというバレー部となにか関係があるのだろうか。そう言え
ば、島崎いずみの方はいわゆる帰宅部で、中学時代からなんのクラブ活動もしてい
なかったらしい。
毎日の放課後、バレー部の練習のために学校に残る高野志穂と別れ、寂しそうに一人
で帰る姿をいつも目撃されている。
「オリンピック精神」
小さく口にしても、真実に迫るようなインスピレーションはなにも湧いてこない。自
殺未遂にはそぐわない、健康的なイメージばかりが浮かんでは消える。
そう言えば、間崎京子はなにかクラブ活動をしているのだろうか。
そう思った時、横からヨーコに小突かれた。
「ちょっと、ちひろ。重症ね。もうそんなこと忘れてパーッといきましょう。今日、
 放課後、私と遊ぶ、OK?」
ヨーコはすっかりいつもの調子だった。
苦笑して、頷いた。
背中に高野志穂の怯えたような視線を微かに感じながら。

「ねこがフェンスでふにゃふにゃふにゃ~」
というヨーコのでたらめな歌を聴きながら空き地の金網のそばを歩く。
「トムキャットのフェンスって、良い曲だよ。でもカラオケに入ってないんだよね」
くるりと振り向いたかと思うと、そう訴える。ヨーコはいつも唐突だ。一緒にいる
と疲れることもあるが、いつも楽しげな彼女を見ているとこちらも元気づけられる。
「そうそう、最近オープンしたおしゃれな喫茶店が近くにあるんだけど行かない?」
連れられるまま5分ほど歩くと、古着屋やレコードショップなどカラフルな外観の
店が立ち並ぶ通りに目的の喫茶店が現れた。さすがに真新しく清潔感のある店先だ。

702 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:35:14 ID:NrJoj9WI0

中高生などの若い女性客が多く入っているのがウインドウ越しに見てとれた。
店内に入ると、白を基調にした壁に可愛らしい天使の絵が一面に描かれている。
「おすすめケーキふたつ。あとアイスティーもふたつ」
と勝手に注文するヨーコを尻目に、私はなにか引っ掛かるものを店内から感じていた。
席について、いついつの情報誌にここが出ていたなどと語るヨーコの話にも上の空
で、私は壁の絵ばかりを見ていた。
「あー、これなんか見たことある」
そう言ってヨーコは一つの絵を指さした。
椅子に腰掛けて両手を胸にあてる女性に、羽の生えた人物が何かを語りかけている。
処女であるはずのマリアに、天使が受胎を告知する聖書のワンシーンだ。しかし随分
デフォルメされてしまっていて、子どもじみた絵になっている。
「ガブリエル」
私の言葉にヨーコが「え?」と聞き返す。
「この天使の名前」
ヨーコは感心した表情で、「天使に名前なんてあるんだ。みんな一緒かと思って
た」とつぶやく。
私は心臓が裂けそうにドキドキと脈打つのを感じていた。そして頭の中で言葉が鐘の
ように鳴る。
天使。
天使の名前。
そうだよ、ヨーコ。天使に名前はあるんだ。
私は椅子の足を鳴らせて、席を立った。

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