師匠シリーズ
天使

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703 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:38:18 ID:NrJoj9WI0

「どうしたの」と聞くヨーコを横目で見ながら、「ゴメン、急用思い出した。先帰
る」と一方的に言って、おすすめケーキとアイスティーの代金をテーブルに置き、
出口に向かう。ヨーコの非難するような声が背中に届いたが、無視した。
店を出た後、その足を町の図書館へと向ける。
嫌な予感がする。自分の記憶が間違っていてくれたら、と思う。
けれどその30分後、広げた大きな事典の中にその名前を見つけた時、人気の無い
静かな図書館の片隅で私は深い息をついた。
心臓が冷たい血を全身に送っている。そしてそれはぐるぐると巡り、もう一度心臓
に還って来る。すべてが繋がっていく。とても冷酷に。バラバラだったパズルの欠
片がひとつ、ひとつと繋ぎ合わされ、見えつつある絵の向こうから途方もなく暗い
誰かの目が覗いていた。

怖い夢を見ていた気がする。
枕元の目覚まし時計を止め、身体をベッドから起こしながら思い出そうとする。カ
ーテンの隙間から射し込む光に目を細め、思い出そうとしたものを振り払う。
セーラー服に袖を通し、朝ごはんをかきこんで家を出た。
足がスイスイと前に出ない。気分が沈んだまま、いつもより時間をかけて学校にた
どり着いた。
人でごった返す昇降口で、靴箱から上履きを出していると廊下の方に目が行った。
スラリとした長身。ショートカットの髪が耳元に揺れる。切れ長の涼しい目。透き
通るような白い肌。
間崎京子だった。

705 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:42:59 ID:NrJoj9WI0

あっという間に通り過ぎて見えなくなった彼女を、その残像を、睨みつけて私は心の
中で暴れる感情を抑えていた。
その日の1時間目は英語の授業だった。
黒板の英文をノートに書き写している私の机に、丸めた紙がコツンと落ちて来た。
広げると『やい、ちひろ。おかげでケーキふたつも食っちまったゾ。おデブちゃん
になったらどうしてくれる `皿´』という文面。
『スマン。スマンついでに昼休み、ちょっとつきあってくれ』と書いたノートの切
れ端を返す。
『OK』の返事。
何事もなく時間は過ぎ去り、やがて昼休みを告げるチャイムが鳴った。
ざわめきが教室に広がるなか私は立ち上がり、高野志穂の席へ向う。
「ちょっと来て」
その瞬間、緊張したような空気が周囲に流れる。
私はかまわず、金縛りにあったように身を固くした高野志穂の腕を取って、強引に
立たせた。
「ちょっと、ちひろ」
と言いながら近づいてきたヨーコにも、有無を言わせない口調で「一緒に来て」と
告げる。
クラス中の匿名の視線を浴びながら私は二人とともに教室を出た。
早足で、校舎裏の秘密の場所に向かう。相応しい場所は、そこしかないような気が
していた。
なにかぶつぶつ言いながらもついてくるヨーコは不機嫌な顔を隠さなかった。高野
志穂は蒼白とも言っていい顔色で、足取りもふらついて見える。私は彼女の腕をつ
かむ手に軽く力を込めた。しっかり歩け、と。

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