師匠シリーズ
天使

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689 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 21:57:57 ID:NrJoj9WI0

そんなことを言って、チクリと私の心のキズを刺す。目つきが鋭いのは生まれつき
で、けっして怒っているわけではないのだが時として善良な女子から怖がられるこ
とがあった。不本意なことに、背が高いというだけでそのイメージがさらに増幅さ
れるようだ。
眼鏡を掛けている方が島崎いずみ、頬に絆創膏を貼っているのが高野志穂だとヨー
コが教えてくれた。明日には少なくともどちらかは忘れてしまいそうだ。
マイナーキャラねとヨーコは笑った。本人たちにも聞こえるかも知れない声で。

5時間目が急に自習になり、私は適当な時間に教室を抜け出した。
校舎裏の人気のない一角が私の密かなお気に入りだった。壁の構造に沿って微かな
風が吹き、髪の先を揺らす。私は切り取られたような小さな空を見上げながら、ど
こからか聞こえてくる屋外スポーツのざわめきに耳を傾ける。
こうしている時間は好きだ。たくさんの人がいる場所の片隅に、ぽっかりとあいた
穴のような孤独な空間がある。そう思えるから学校なんていう息の詰まる所に毎日
来られるのだし、そんな空間こそ自分の本当の居場所であるような気がして心が充
足していく気がする。
2本目の煙草に火をつけたとき、壁の曲がり角に誰かの気配を感じた。
慌てて足元に落とそうと身構えると、その誰かは能天気な声を発しながら姿を現した。
「あ~、不良はっけーん」
ヨーコだった。心臓に悪い。
「時々いなくなるのはココだったのね。静かでいいねぇ。あ、怒っちゃった?」
怒りはしないが、秘密の場所の占有が崩されたことにわずかな失望を覚えたことは確
かだった。
ヨーコは隣にツツツと寄って来て壁に背中をあずける。

690 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:00:30 ID:NrJoj9WI0

「昼休みにさあ、なんかイカツイ先輩来てたけど、あれなに話してたの?」
「ああ、あれは……」
中学時代にやっていた剣道部の先輩だった人が、高校でもやらないかと私を勧誘し
に来ているのだ。何度か断ったがなかなかにしつこい。
「どうして入んないの」
別に大した理由はない。子どものころ、父親に言われるままに通い始めた剣道の道
場には今でも週に2回は顔を出しているし、学校ではもういいや、と思っただけだ。
「ふうん。やればいいのに。もったいない」
それから二人でとりとめもない話をした。時間はゆっくりと流れていた。教室に残
したノートは清清しいほど真っ白のまま。それでも、悪くない気分だった。
チャイムが頭の上から鳴り響き、ため息をついて体を起こす。
そのとき、ヨーコが言った。
「あのさ、ちひろ。自分がヤンキーとかって噂があるの知ってる?」
「私が?」
笑ってしまう。
「いや、結構マジで。どっかの不良高の男とつるんでるとか、夏休みまでは大人し
 くしてるだけとか、そんな噂があるし。じっさい怖がってるコ、多いよ」
真剣な顔でそんなことを言われ、思わず手元の煙草を見つめる。
どうでもいいや、めんどくさい。
そう思いながら火を踏みつけた。

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