洒落怖
輪廻

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「良介・・・殺す・・・殺す・・・」

低く、しわがれた声が耳もと近くから響いてきた。
その方向に目を移すと、なんと、殺された女の首がぴったりと私の肩に乗っていた。
トランクの袋から飛び出した、あのむごたらしい顔である。
あまりの怖さに全身の力が抜けた・・・
もう見たくない。
目を強くつぶると、青白い光りが回っているのが瞼に映った。
瞼の力が抜けていく・・・
そっと目を開けると、血まみれの顔が私の鼻先にあった。
女の顔。
それがだんだん男の顔に変わっていく。
ぱっくりと割れた額に、小さな髷が見える。
誰だ、おまえは・・・
得体の知れない霊との睨み合いは、しばらく続いた。
私は、知っているお経をすべて唱え、消えてくれることを祈った。
しかし、どんなにあがいても金縛りは解けない。

どれほどの時間が経ったろう。
怖さを通り越し、私の中に成仏できない霊に対する哀れみの気持ちが広がった。
すると、男の生首は、苦しそうに

「ウ~・・・」

と呻きながら、スーッとかき消えていった。
突如、部屋の電気がついて、私はうしろに引き倒された。
腰が抜けたのか、足に力が入らない。
また電気が消えたら・・・
という恐怖がこみ上げる。
私はなんとかドアのノブに手をかけた。
開いた・・・
やっとの思いでマンションから出た私は、何度も吐きながら自宅へ戻った。

冷静さをとり戻すと、いくつかの疑問が頭に浮かんだ。
殺された女の霊が出たことは納得できる。
しかし、髷を結った男は誰なんだ?
霊が呟いた『良介』という名前も気になる。

私は翌日、予定通り、間田英雄の母親の出身地、青森県の苫和地村を訪ねた。
この地は津軽藩の統治時代に、すさまじい大飢饉(農作物の凶作による飢餓)があった。
飢えに苦しみ抜いた人々は、隣の子供と自分の子供を取り替えて殺し、煮て食べたという。

私はこの村の元庄屋で、史実にくわしいO氏(七十六歳)を訪ねた。
東京で起きた忌まわしい殺人事件を告げると

「やっぱり・・・」

と深いため息をもらし、重い口を開いた。
その内容は、身の毛もよだつものだった。

その昔、裏山の麓に水のない井戸があり、それは、大飢饉のときに人を殺して食べた残骸の捨て場所となっていた。
村中の人が次つぎに捨てるものだから、首と皮や骨だけの死体が溢れ、その様から『重ねの井戸』と呼ばれるようになったという。
その頃、喜助という百姓がいた。
大飢饉の中、彼は壁土を食って飢えをしのぎ、決して人には手をかけなかった。
ところが、不幸なことに、最愛の女房を『良介』という百姓に殺され、食われてしまった。
そして死体を重ねの井戸へ・・・
『良介』という名は、あのマンションに現われた霊が発した名前と同じだ!
私は身を乗り出して、話の続きに聞き入った。

変わり果てた女房を見た喜助は、気が狂い、井戸の死体をすべて掘り出して干上がった自分の田畑に埋め、一心不乱に耕しだした。
そのため、頭を割られた何十もの生首が土から飛び出し、まるで地獄絵図のような光景だったそうだ。
それを知った良介は、村人たちを率いて喜助を取り囲み、

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  • 匿名 より:

    何度読んでもマントルが一番被害者

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