洒落怖
輪廻

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寒さで凍える夜・・・
午前零時過ぎ・・・
新宿歌舞伎町のスタンドバー。
私は仲の良いH刑事に、

「何かいいネタはないか」

と取材中だった。
当時、監修を任されていたTBS連続ドラマ『私、味方です(館ひろし主演)』の監修に役立てるためだ。
話が弾んでいたころ、彼のポケットベルが鳴った。
新宿署と連絡をとった彼が、

「今、コロシがあった。ゲンバは目と鼻の先だ。行くか?」

と。
私はこれまでにも幾度となく彼が遭遇する事件に首を突っ込んできた。
断るはずがない。

新宿区百人町二丁目、Pデンス。
表玄関からエレベーターホールにかけて血が滴り、引きずった跡がある。

『犯人は死体を運んでいる!いったいどういうことだ』

ガイシャ(被害者)の部屋のドアの前で、ひどく取り乱したパジャマ姿の中年女性が、若い巡査に向かってギャーギャー叫んでいた。
殺人現場独特の光景だ。
H刑事を見た巡査は、軽く会釈をして

「殺害されたのは、独り住まいの若い女性です」

と告げた。
六畳のワンルーム、ドアを開けてすぐに血溜まりがあり、彼が踏み込んだ途端、

「ピチャッ」

といやな音がした。
続けて私も入る。
白い壁や天井には、おびただしい量の血しぶき。
まるで血の塊をぶつけたようだ。
まだ乾いておらず、犯行があって間もないことを物語っていた。
しかも、玄関に脱ぎ捨てられたハイヒールの中に、脳みそらしい塊が飛んでいる。
いったいどんな殺し方をしたのか!
やはり死体はなかったが、大きなハンマーが転がっていた。
血をたっぷり吸ったらしく、犯人が握っていた柄の部分以外は、べっとりと赤く光っている。
H刑事に小声で

「下に降りています」

と伝え、階段を駆け下りた。
私は探偵(一般人)だから、彼の同僚が来る前に現場から離れておかないと、迷惑がかかる。
それに、一刻も早く、エレベーターホールから玄関へと続く血の行方を知りたかった。
滴る血は、歩道へと続き、車道でピタリと消えている。
犯人は車に死体を積んで逃走したらしい。

H刑事が初老の男性と一緒にマンションから出て来た。
目撃者だ。
彼の話によると、

「ギャーッ」

という悲鳴が聞こえたので自室のドアの覗き穴から見たところ、ガイシャの部屋のドアの前に女性が立っていた。
異様なくらい髪の長い女だ。
しばらくすると、若い男が、何やら大きな袋を引き摺って出てきた。
不審に思った彼は、アベックがエレベーターに乗ったのを見て、階段で下に降り、車にその袋を積むところやナンバープレートをしっかり記憶したという。

はじめは怨恨による殺人事件かと思ったが、殺り方がずさんすぎる。
人に出くわす可能性の高いエレベーターで死体を運ぶというのは、目撃されることすら恐れていないことを意味している。
私はH刑事に聞いた。

「手配は?」

「しないよ。この手のホシ(犯人)は、下手に手配して追い詰めると、興奮してまた殺しをやるかもしれない。先に身元を割り出して迎え(逮捕)に行くよ。たぶん、精神異常者の犯行だろう。逃げも隠れもしていないはずだ」

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  • 匿名 より:

    何度読んでもマントルが一番被害者

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